今日の朝

辻井伸行さんがテレビに出ていました。


目が見えないというハンデにより、

「盲目のピアニスト」と、呼ばれているそうですが、

やはりその肩書きは気になるご様子。


自分も目がかなり悪いので、

なんとなくわかる気がいたします。


体が不自由な分、

ほかの部分が研ぎ澄まされ、

芸術的なセンスが現れたのかもしれませんが、

そのぶんとても敏感になりすぎて、

人の心などが感じ取れてしまうのではないかと思うのです。


そして、傷つくこともあるのだと思います。


テレビでも

「心の目」と言っておりましたが、

目が見えなくても

実際の風景を心で感じ取ることができるのは、

まさに目に見えないもう一つの体、

魂の存在を感じざるを得ません。


気のせいかもしれませんが、

金魚が「そろそろ水を替えてほしい」といっていたり、

観葉植物が、「水をくれ|」と叫んでいるのを感じたりします。


実際はそうではないかもしれませんが、

「思いやる心」「為に生きる」ことを

まず教えて下さった文先生の気持ちが

わかった気がいたします。


為に生きる心を磨くことによって、

地上においても魂を感じ、

生き物の心、自然の心を感じるような人間になれれば、

霊界に行っても

きっと

不自由なく生活ができるようになると思うのです。


呼ばわれる人のところに

きっと飛んでいけるようになると思うのです。


自己中心に生きると、

何も感じなくなり、

とても寂しくなってしまいますが、


為に生きる心を持って

生きるならば、

すべてを感じ、

寂しさなどは

感じないようになるのかもしれません。


私たちの心の持ちようによって


人生を楽しんで生きれるか、

決まってしまうのでしょう?


苦しいときこそ

為に生きましょう!



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