『光あるうち光の中を歩め』
トルストイ
を読んだ。
手に取った経緯は
『若きウェルテルの悩み』byゲーテを読みました
という人の薦めで
読もうかしら、
と見ていたら
隣にあったってだけ。
あの「戦争と平和」の威厳に比べたら
なんたる薄さ!
そして、
今、この本を読まないと後悔するのかしら
と思わせるような題じゃないか!
キリスト教の世界に走ろうとしながら
そのたびに俗世間に舞い戻る男の話
まだ、キリスト教信者が異端として
処刑されていた時代
印象に残っているところはここ
”あの連中の教義によると、子供はすべて平等であるはずだ。
-すべてです。
どうしてこれで子供たちを守りおおせることができますか。
われわれが現に知っているように、
母親に蔵されている子供たちに対する
あらゆる情熱と愛でさえ、死から子供を守りきれないのに、
これが単なる憐憫となって、
あらゆる子供たちに平等に注がれるようになったりした日には、
どんなことになるでしょう?
目には目を、歯には歯を
で、暴力、犯罪から身を守るには
刑罰を厳しく、武装して戦わないとならん
というわけですよ。
でもキリスト教の友人は
罪人にさえ門戸を開き
右の頬を打たれれば左の頬を差し出せ
という。
まっこうから対立するこの議論・・・
アメリカってキリスト教信者が多いはずなのに
どう考えても目目歯歯の立場だよな
この矛盾をどう解決しているのだろう。不思議。
所有の概念がないなら「盗まれる」ことも
ないという理論だよ。超越してる・・・。
愛する彼女と一緒になれなくても
それが神の意思ならば後悔はない
という理論だよ。すごい・・・。
いつでも”神の視点”から見ていれば
この世の中で起こる悲しいことや苦しいことは
ほんとにちっぽけなことだ、と。
この「考え方」には大いに賛同できますね。
宗教論は大きすぎて
今の私の知識や考えの深さじゃ
到底ブログで語れるようなことではないのですが
税金の作文の閉めとおなじように
「知ろうとする姿勢が大切だと思います」
というので閉めよう
キリスト教の教義の内容を知る導入
にはいい本だ
設定がキリスト教徒がそうでない人に対して
我々は・・・と語る内容ですし。