帰雁の蘆 新渡戸稲造
自 序
垂柳の枝に飛ぶ蛙は書道開祖発心の動機となり、賎が伏屋に巣を造る蜘蛛は敗将をして再挙の勇を励ました。
道風〔小野道風〕の蛙もブルースの蜘蛛(1)も、大きさをもって論ずれば、とても児雷也の蟇(2)や頼光の土蜘蛛(3)に及ばぬこと遠い。
これで観れば事物は必ずしも大なるをもって貴しとしない。
よし大にして貴きものあるにせよ、大なるものにして始めてその大をも見届けよう、しかるに大を観る者は万人に一人もあろうか。管をもって天を窺うものは愚かなるもの、鐘を撞くに莚(むしろ)をもってしては何の反響もない。もの皆大概の寸法はあるものだ。
徒然草に掲げてある事物は、ことごとく通常一般平凡の事のみで、吾人も日々遭遇する事なるに、さすがは法師〔兼好法師〕の心に映れば、いみじからざるなく、哀れならざるなく、をかしからざるはない。
この小冊に記する談片は、遠く常世に遊んだ雁の持ち来れる蘆の一穂に過ぎぬ。
たびたびまた永らく洋行しての土産話はこんなものか、かの地で何を見てきたと叱られるであろう。
僕の物語はをかしくもなし、いみじくも、哀れにもあるまい。さればとて法師の筆も持たずに、哀れを催させるよう、をかしからしむるように文を綴るは望外だ。
ただ事実に出会した時の感じ、心に刻まれた忘れがたみを、そのまま掲ぐるに過ぎない。
一覧して分かる通り、文章に何の艶もない。
青年少女と対座して話すままを載せる。また話種をモウ少し筆鋒の細工で繕えば、モッと興味をも添えようけれども、高の知れたる帰雁の口にかむ蘆一葉、化粧を加える必要もないので、ありのままここに掲げた。
口先不謹慎なる僕は、速記の際は暴言卑語を用いたが、もしや夫人淑女が読む時に、迷惑するやを憚かり、校正の際少し改めたのもある。
この本を印刷に付する前に、草稿を示した友人の一人は、「こんなつまらない滑稽を公にするは、さなぎだに威厳なき身を、一層軽ろくするから、イッソ止めよ」と勧めた。
もとより僕自身も、出版するつもりで書き出したのじゃない。
七年前に帰朝した折、宅の老人と子供たちに、あるいは食卓、あるいはコタツの周りで物語ったものを速記せしめて、数年前筺底深く蔵した。
しかるに去春、弘道館主人が速記者より伝聞して、なお足して刊行せんことを所望したが、公私多用のため、噺家のまねしかねたのを、今夏数週間病にかかったのを好機会として、床のかたわらに速記者を呼び寄せ、他の話を加え、積り積りしてちょうど百の数になった。
脱稿するに当たり、同僚今井彦三郎君に一通り添削をお頼みしたら、同君は圏点をも付けられた。
また絵画は尾竹国観君にお頼みしたら、よく実況を描き出してくれられた。
この両君に対し、一言謝意を呈する。
これでこの書刊行の動機と、いわれと、目的とが分かったろうと思う。余は読者の心に任せるのみ。
溝に飛ぶ痩蛙、軒に巣を張る小蜘蛛、読者は何んと見たまうやら。
よしあしは見る人々のままとして
くもぢをかへるかりの一筆
東京小石川小日向台 閑月亭にて
新渡戸稲造識 明治四十年一二月七日
!1) 「ブルースの蜘蛛」は、昔の英語の教科書に載っていた話。
ロバート・ブルースとは十四世紀初頭のスコットランドの王で、当時イングランドから圧迫されていたスコットランドを解放独立させた国民的英雄。
ロバート・ブルースが戦いにやぶれ、身ひとつで逃げ、ある一軒のあばら屋にたどりついて、そこで休んでいた。
綿のように疲れ、意気消沈し、絶望しかかっていた彼の目にふと一匹のクモが映った。
そのクモは天井の一本のハリから別のハリへ糸をかけ渡そうとして、時折吹きこんでくる隙間風に乗って何度も試みるのだが、なかなか届かず、そのたびに失敗してしまう。
けれどもクモは一向にやめようとしないで、同じことを続け、そしてついに糸をはるのに成功した。
それを見たロバート・ブルースは「そうだ、自分も一度や二度の敗戦でくじけたり、あきらめたりしてはいけない。
このクモのように、自分の目的を達成するまでやりぬこう」と新たな勇気を奮い起こし、幾多の困難を乗り越えてスコットランドの解放に成功した。
(2) 児雷也(自来也とも書く)は、江戸時代の読本・歌舞伎などに現れる盗賊。蟇の妖術を使う。