2000年からのメッセージ その2 タンザニアの村長さん「このことだけは覚えて帰ってください」  小林校長「どうして君は考えがないんだ」 2011年12月16日
「致知」2000年9月号 (前承)

黒柳徹子(以下「黒柳」) ユニセフの親善大使になって最初に行ったのは、アフリカのタンザニアだったんですが、2年もずっと雨が降らなくて、飢えが本当にひどい所でした。

 食べ物がなくて、子どものときに栄養がちゃんと行き渡らないと、脳が育たないんだそうです。

そういう子はどうなるかっていうと、立って歩くとか走るとかいうのは、全部脳の指令ですから、ただズルズルと這い回るだけなんです。

もちろん考えることも、しゃべることもできない。

 私がそういう子どもを見ていたときに、小さな村の村長さんだったんですが、「黒柳さん、これだけは覚えて帰ってください」とおっしゃったことがありました。

どういうことかというと、大人は死ぬときに、苦しいとかいろんなことを言うんだけれど、子どもは一言も文句を言わない、ということなんですね。

皆、周りの大人を信頼して、黙ってバナナの葉っぱの下で死んでいく。

だから「このことだけは忘れないでください」って。

 そのときはわかったような気がしたんですが、それからいろんな子どもたちに会うにしたがって、本当のことはわかっていなかったんだなと思うようになりました。

つまり、子どもたちは、なんて清らかなものだろうということなんです。

だから多分神様はそういう清らかなものに、どんな状況でも、強く、前向きに生きる力をお与えになったのだろうと思うんです。

 難民キャンプに行くと私は、必ず「自殺した子どもはいますか」って訊くんですが、いままでそういう子は一人もいないという答えなんです。

目の前で自分の両親が殺され、兄姉も殺されて孤児になって難民キャンプに来て、自分の家族を殺した人と会っても、知らん顔して生きていく5,6歳の少年を見たりすると、

「この子はどうやって生きていくんだろう」と思ってしまって、もしそれが自分だったら、もう死んでしまったほうがマシじゃないかって思うんですけど、そんな中でも自殺した子は一人もいないんです。

 それなのに、日本ではまだ小学生なのに自殺する子がいるって聞くと、すごく残念に思います。

鈴木秀子(以下「鈴木」) 村長さんのお話もいまのお話もとても感動的なお話しでした。

 私はコミュニオンといって、自殺した子どもを持つ親のグループ、登校拒否とか非行に走る子を持つ親のグループ、登校拒否とか非行に走る子を持つ親のグループの会を開いているんですが、初めは皆さんとても暗い気持ちで来られるんですね。

でも、だんだんに子どもが死を通して何かを訴えているのだという意義を見つけ出していきます。やがて、そういう子どもを持った家族の辛い体験が、何らかの形で他の人に役立てば嬉しいといって、素直に話してくださるようになります。

黒柳 いま、そういう親御さんは多いんでしょうね。

鈴木 多いですね。初めは悲しみのどん底に突き落とされて、自分も死にたいくらいの思いでいるわけです。

でも、周りにその人たちの苦しみを理解し、受け入れてくれる人たちがいれば、その人たちがだんだん蘇るというか、普通の生活に戻り始めるときがきます。

そのときというのは、他人のために何か自分にできることがあれば、というところに意識が向いていくときなんです。

そうなると立ち直ることができるんです。

 自分の子どもが自殺したなどということを話すのは、親にとってはとても辛いことだと思います。

でも、そんな辛い思いをしても、自分たちはまた新しい生き方を見いだしたということを、だれかにわかってもらいたいという思いもあるんです。

また、辛い体験を分かち合うことによって、同じ苦しみを味わっている人が、「自分だけではないのだ」と、生きる希望を見いだすことができるのです。

黒柳 いま、「17歳の暴走」なんていわれていますが、暴走する子のほとんどは、いじめに遭っていたといわれていますね。 

私には学校の先生がどうして気が付かないのかなと思うんです。

『窓ぎわのトットちゃん』に書いたんですが、私が通った小学校の小林宗作という校長先生は、子どもには素晴らしい個性や能力があるから、それが周りの環境や大人の考えで潰されないうちに、早く芽を見つけて育てようという考えの先生だったものですから、いつも教室を見て歩いていました。

 ある日の授業で、人間には昔、尻尾があったという話が出ました。

高橋君という背の伸びない子が同級生にいたんですが、担任の先生が「高橋君も尻尾の跡が残っているんじゃないの」と冗談ぽくいうと、高橋君は「ありません、ありません」ってムキになって否定するんです。

そのころの私は、尻尾があったほうが嬉しいのにな、なんて思っていましたから、どうしてそんなに否定するのかなと不思議だったんですが、その日の放課後、私が学校の裏を歩いているとき、校長先生が、「高橋君は自分の体にコンプレックスを持っているんだろう。その高橋君に尻尾があっただろうなんて、どうして君は考えがないんだ」と、私たちの担任の先生を叱ってらっしゃっるのを聞いてしまったんです。

 私はまだ低学年でしたから、校長先生の言っている意味はよくわからなくて、いつもはまったく怒らない校長先生が、すごく怒っていたという印象のほうが強かったんですが、大人になってみると、校長先生はそれぐらい一人ひとりに気を配っていたんだな、ということがわかります。

 いじめがあると、先生方は気が付かなかったといいますね。

私のクラスは8人でしたから。

人数が多過ぎるから気がつかないということもあるかもしれないけれど、小林先生のように気を使って見ていれば、いじめなんかがあったら、すぐにわかるのになと思うんです。

そういうことがあって死んだりする子がいるのは、本当に残念だし、かわいそうです。

鈴木 いまの黒柳さんのお話は、私にはまるで昨日の出来事のように聞えました。

そのときはわからなかったとおっしゃったけど、高橋君が痛みを感じたということはなんとなく心に残って、そして校長先生がどういう態度で接したかということが、黒柳さんの原点になっているんじゃないかと思います。

仮にその子自身は世の中に何も貢献しなかったとしても、いまの黒柳さんの活動にものすごく貢献しているのだと思うんです。