『クリムト展』余録

東京都美術館開催のクリムト展に出品されなかったもののなかにも、逸品はたくさんある。手持ちのクリムトの画集(TASCHEN版)からそのうちの幾つかを引っ張ってきた。
たとえば、
同じユディトを描いた次の作品。『ユディト Ⅱ 』

『ユディト  Ι  』 が観るものを誘惑するようにこちらを見つめていたのとは違い、敵将の首をとって使命を果たしたあとらしいこちらのユディトの視線はあらぬ方をさまよっていて、さらには僅かに開いた口、目の下の青白い肌、爪をたてた両の手。これは生きている人間というより、すでに何かに憑り付かれてしまった、この世ならざる不気味な何かだ。



こちらはまた一転して、女性のエロスを前面に押し出した、かなり際どい作品。金魚をテーマにしたのは日本文化の影響があるのかもしれない。また、金という色がクリムトを惹き付けたのは間違いない。右上部にも女性がいるが、背を丸めてこちらを振り返っている下の女性にどうしても視線がいく。金魚の鱗の赤色は、たっぷりした長い頭髪の赤毛で、大きな尾ひれは巨大な臀部で表されている。女の頭部のすぐ上にある点がおそらく金魚の目だろう。金魚とエロスというと、映画化もされた室生犀星の『蜜のあはれ』という傑作小説を思い出してしまう。『蜜のあはれ』の主人公はときに人間にも変化する金魚(娘)であった。美の使徒は、金魚に女性のエロスを感じるものらしい。魚類でも、鯖や鰯には人は性的なものは感じまい。

水つながりでいくと、下の『水蛇  Ι  』という絵もある。アッター湖を描いているほどだから、水というのもまたクリムトを惹き付けるエレメント(世界を形作る原初的存在)だったようだ。こちらの女は恍惚として眼を閉じ、抱き合っている二つの肢体も、腕も指先も、まさに蛇のように細く長い。