『クリムト展に行ってきた』



ほとんどあらゆる画家たちがそうであったように、グスタフ・クリムトもまた自らの画風を打ち立てるまでは、先人たちの偉大な芸術を模写したり、伝統的あるいは近接する流行りの絵画の強い影響を受けた。学ぶとは、やはり、真似る(まねぶ)ことであるらしい。たとえば下にある『イザベラ・デステの肖像画』(ティツィアーノの模写)がそうである。この模写は、クリムトの卓越した技倆をうかがわせるに余りある。図録の解説によれば、クリムトはティツィアーノの赤と呼ばれている赤褐色をさけ、それによってかえって、人物はオリジナルよりもさらに鮮明に、暗い背景から浮かび上がっている、とのこと。オリジナルを知らない自分としては、この比較が的を射ているか判断出来ないけれども、ただ、ディテールを画き込むクリムトの才については疑いようがない。
特に濃紺の袖に縫い込まれた金色の刺繍の耀くばかりの際密な描写には眼を奪われる。いちおうその画像を転写しておくけれど、図録の画像ですら実物の絵の刺繍の金糸の耀きから程遠いのだから、その画像をスマホで撮影したものが実物の素晴らしさをどれほど再現できているか、はなはだ心もとない。だからこそ、やはり展覧会に行って本物に触れなくてはならない。



さらには左肩にずり落ちそうにかかっている白い毛の肩掛けなどは、反対に毛の一本一本を際密に描くのではなく、ぼかしの技巧を使うことでかえって羽のような毛のフワフワ感を見事に表現している。
ちなみに、ティツィアーノはある時代のオランダ絵画のように全ての対象を緻密に描写するのではなく、後の印象派が用いたように、近くで見れば何が描かれているのか判然としないが、ある距離をもって眺めると何が描かれているのか判然としてくる、いや、かえって強い実在感を帯びてくるような手法を用いた。いわば、印象派の先駆けのようなことをすでにおこなっていたわけで、これはスペインのベラスケスにも言える。いわば、印象派の実験の幾つかは、ティツィアーノやベラスケスがすでに用いていた手法(画き込まないことによってかえって現実感を増す)を大々的に全面的に推し進めていったということになる。(モネや点描派を参照)

肖像画家でもあったクリムトには、印象派からの影響を受けた作品も初期には少なくない。
下にあげた『ヘレーネ・クリムトの肖像画』などがそれであるが、クリムトの肖像画については次回。