奈良街道沿いに、般若寺があります。
以前から気にはなっていましたが、
立ち寄る機会がありませんでした。
ここは、
宮本武蔵の『般若坂の決闘』とかもありますし、物語と現在が交差する場所です。
先日、ようやく初めて拝観させていただくことができました。
こじんまりとした寺だろうなぁと思っていましたが、見所がたくさんありました。
元々、かなりの大寺院だったようですが、
繰り返される兵火、廃仏毀釈で
痛めつけられた寺です。
建物はさほど残っていないけど、
石仏や石塔が素晴らしい。
供養塔も多い。
例えば、藤原頼長のもの。
悪左府と呼ばれ、
保元の乱で原因をつくった人物で、
この寺まで逃れてきて絶命したとか。
また、
南都の焼き討ちをした
平清盛の子重衡のものも。
彼の焼き討ちでこの寺も焼けたのに。
それから、感慨深かったのが、
本堂にあった、お経を入れる葛籠。
この葛籠の中に、
後醍醐天皇の皇子護良親王が、ここに隠れて
鎌倉幕府の追及の手を逃れたとか。
(ほんまものかいな?とは思ったけど)
子どもの頃読んだ太平記の、その場面は覚えていたが、それがこの寺だったか。
それから、
ここは、体験型のものもあります。
この寺の僧で本性坊という怪力の人が、
後醍醐天皇がこもる笠置山で、大岩を幕府軍に投げたということで
『ためし石』という石が置いてあり、
持ち上げることができます。
女性用の20kgの石
もてる男用の30kgの石
もてない男用の50kgの石
などがありました。
そこの貼り紙が笑えた。
『男の方は、女性の前で張り切って頑張りすぎないで下さい』
私は、やはり、もてない男の石を少しだけ
持ち上げられてしまいました。
やっぱり、(^_^;)
当然ですが、
同行の女性は、いませんでしたよ。
その他、
観光地によくある
顔の部分がない菩薩さんの看板?があり、
顔を入れて菩薩の写真を撮ろうみたいな。
また。
獅子の看板の後ろにお立ち台があり、
頭に輪っかをつけて、その上に立って
文殊菩薩になろう、とか。
普通だと、こういうヤツは、
興醒めで、嫌いなものなのですが、
なぜだろう、
微笑ましい気がしてしまった。
自分でも、よく理由がわからないのですがね。
あちこちに説明板があり、
『お も て な し』
の雰囲気があるからだろうか?
もっとも、拝観者は私ぐらいなのですけどね。
それはともかく、
残っている建物の中でも、
鎌倉時代の山門の存在感はすごい。
屋根が、まるで鳥が羽を広げているかのような 広がりを見せている。
京都のお寺に比べて、
奈良のお寺は、
塀や門が傷んでいて、
崩れかけているものが多い気がします。
それが好きなのですけど。
けど、お寺さんの方から言えば、
集金の術がたくみではないのかもしれません。
この寺を見た後、
この近くにある、北山十八間戸を見に行きたかったので、受付の女性に聞くと、
行き方を説明してくれ、
車を置かせて欲しいと頼むと、
心よく、
どうぞ、どうぞ、
と言ってくれた。
この後、知り合いと待ち合わせしていたのですが、とてもいい時間をすごせました。
感謝です。