ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』を師走の渋谷でみてきました。

一言でいうと清潔な映画。
主人公の住処はスカイツリーのみえるボロいアパートではあるけど、低い棚に綺麗に並べられた本や音源。神社から貰ってきた小さな木の苗を大切に育て、ミニバンに仕事の荷物をいれてカセットで音楽を流し、東京のアップタウンの新しいデザインされた公衆トイレを掃除する仕事に行く男。それが主人公のヒラヤマだ。
朝はアパート前の自販機で毎日缶コーヒーを買い、帰宅したら自転車に乗って公衆浴場の一番風呂に入り、いきつけの浅草の地下の飲み屋さんでお疲れ様と声をかけられアルコールを一杯飲んで軽く食べて帰宅して夜は好きな本を読んで寝る。
休日はコインランドリーで洗濯をして、これまた行きつけの古本屋に行き、歌の上手なお気に入りの綺麗なママのいるスナックでママの素晴らしい歌(石川さゆりが"朝日のあたる家"を歌う!)を聴きながらポテトサラダでアルコールを飲むことを楽しみにしている。
昼休みにサンドイッチを食べる位置からの木とその木漏れ日を愛して毎日写真を撮り現像して、好きな写真だけを保管する楽しみももっている。
大きなことは何も起きないけど日々小さなことは起きる。
それは木漏れ日の光の違いみたいなもの。

といった単調ともいえる映画なのだけど、主人公ヒラヤマと同世代であろうわたしにはこの穏やかな日常、日々やるべきことをやり終え、布団に入る彼の毎日をみていると、これこそが心穏やかなパーフェクトディズなのだと心から思わせてくれる説得力のある映画でありました。

ヒラヤマは一般の人から見たら貧しい暮らしだけど、トイレ掃除の仕事はまるで祈りみたいだし、なんというか高等遊民みたいな贅沢な暮らしにもみえないこともないのです。全てを持たなくてもローマ人のように公共を使えばもう何年も前から街には全てがある。
そして、写真は現像、音源はカセット、本は古本屋さんで買うからいちいち手に入れるために新しいやり方に悩む必要もないので、音楽そのもの、読書そのものを心から楽しむ余裕もある。
多分同世代であろう音楽チョイスも最高で、最初にかかるアニマルズから良かったけど、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ペール・ブルー・アイズ』が流れた時は思わず泣きそうになったし、パティ・スミスの『レドンド・ビーチ』が流れる車内で若い男女と三人で乗っている画は、完璧ロードムービー。
自転車で隅田川をわたる画もだけど、これは東京の観光を品よく全世界に促すための映画ともいえないこともないけど、この映画をみて来る人はわたしみたいな地味なオジサンオバサンかもだから、お金は落としていってくれないインバウンドでありそうです。(笑)

昔、亡夫と学生時代に天気のよい日に広い公園でサングリアではないけど缶ビール片手にデートした時に、彼がまるで『パーフェクトディ』の曲みたいだと言った時、たしかに!と思いその似た感想と一緒にすごした特別な楽しい時間で、より彼を好きになって彼とこれからもパーフェクトディを増やしていきたいなあと思ったものです。
特別な楽しく美しい日を。
しかしこの映画は人生の終わりの入り口。
ヒラヤマは孤独だし、決して世間的には豊かとはいえない生活をしているけど、大好きな曲や本や店やいつも会う人たちとの挨拶や慣れた日常の中にある美しい景色を楽しむ日々はまだあるしそれを慈しんでいる。
そしてその整理された生活の中の小さな特別を楽しむのがパーフェクトディで、それが繋がってパーフェクトディズになっていくのだなあと思わせてくれる映画でした。