世の中にはいろんなルールやモラルがあるけれど、そんな「当たり前なこと」を「当たり前」にできる人がどれだけいるんだろう。
私もあたりまえなことをあたりまえにできないうちの一人で、日々へこんだりもがいたりうなだれたりしています。
それでも明日はきっとできるようにと、いつも思います。
自分が苦手なジャンルのできてあたりまえ、守ってあたりまえなことができただけで、なんだか誇らしく感じてちょっと自分のことを好きになったりします。
あたりまえのことをあたりまえにできるということは、簡単なようですごく難しいことだと思うんです。
本当は人が人らしく自然に生きるだけのことなのに、時代が進めば進むほど生活が便利になっていくことに逆行するように難しくなっていくのはなぜでしょう?
よけいなものを沢山必要としてしまうから、大事なことが抜けてしまうのかもしれません。
でもいろんなものが溢れすぎて、何が大切で何がよけいなものなのか、その基準すら多様化されてもう自分で判断すらできなくなっているのかもしれません。
だから、当たり前のことを当たり前に日々行えている人は素晴らしいと思います。
はたから見れば地味かもしれません。
もしかしたら当の本人は自分の地味さを嘆いているかもしれません。
でも「そんなことはないよ」と、むしろ「尊敬します」と声を大にして言いたい。
世の中には色んなひとがいて、それは決して悪いことじゃなく、大事なことだと思う。
だからつい、比べてしまうから何にでも順位をつけられたりつけようとする。
でも例えば、誰にも持っていない才能を持った人が、実は人並み外れて当たり前にできるはずの何かができなかったりすることもあるし、人それぞれのできることや割合は様々です。
最初から、全く同じモノなんて何ひとつないのに、比べること自体が間違いなのに、そんな評価だけで一喜一憂することないと思うんです。
喜ぶのはいいですよ。調子に乗らない程度に。
でも落ち込む必要なんてない。
それは何かが欠けているんじゃなくて、あたりまえのことをあたりまえにすることを忘れているだけなんです。
朝起きて、夜寝るとか
きちんとごはんを食べるとか
ごはんを食べたら歯を磨くとか
人の優しさに感謝するとか
困っている人がいたら助け合うとか
子供を愛するとか
親孝行するとか
例えばそんな当たり前なことが、誰よりも上手に歌うとか、誰よりもお金を稼ぐとか、誰よりも速く走るとかより、難しくなってる。
もちろん、こんなに色んなニーズが出てきた世の中だから夜起きて朝寝てる人も沢山いるだろうし、それが悪いことだと言ってるわけじゃないし、むしろ必要な場面もいっぱいある。
必要な場面がいっぱいあるコト自体が、すでに「当たり前」の難しさを物語っていて。
「当たり前」じゃない生活を頑張ってしてくれてる人がいて、自分の代わりにそんなことをしてくれている人に「当たり前」に感謝できている人はすごく少ないということ。
自分には何も長所がないと卑下する人は、まず「当たり前のこと」を当たり前にする努力をしてみてほしい。
それがどんなに難しくて、現代においてはどんなに素晴らしいことか。
他人と比べて張り合うより、自分と向き合って律することの厳しさ、難しさを実感するでしょう。
でも本来はあたりまえなことだから、特別な才能がいるわけじゃないし、できたらきっと気分がいいはず。
どうしても長所がわからなくて自信が持てない人はまずやってみてほしい。
自分ではあたりまえなことをしているだけなのに、それがきちんとできただけで周りの評価は全て変わる。
自分や周りを大切にするだけで、他人をうらやんだり背伸びしたりする必要はなくなります。
遠くばかりみないで堅実に自分にできることをする。
身の丈に合った生き方を。
ふと気付いたら、当たり前なことしかできないんじゃなくて、特別な人になってるはず。
少なくとも私はそんな人を尊敬しますし憧れます。