特養編
母も特養に入所して、特養ヒルトップ山の手(仮名)あたたかい看取りケアで穏やかな最期を迎えました。
コロナ禍で特養探しでも見学もできず、特養入所は競争率も高くて、複数申し込んだ中で連絡が最初にあったのがヒルトップ山の手でした。
運を天に任せて入所を決めましたが、とても良い特養で、母は本当にラッキーでした。
他のブロガーさんのブログを読んだりすると、特養もいろいろで、とんでもないところもあるので、事前の検討は必要ですね。
叔母の特養探しの時は、母の時よりコロナの制約が緩んできていた時期でしたが、まだまだ自由に見学はできませんでした。
でも、見学が少しできたことで、中の様子を見て、候補から外した所もありましたから(話だけだったら申し込んでいたと思うのですが)、見学できれば見学した方がいいですね😅
(見学をして無表情のスタッフや、お風呂の黒カビなどを見て、入所を考え直した所です⬇️)
特養Zは見学はできませんでしたが、それでもいろいろ考えて決めたつもりでした。でも、話やホームページは良い面が前面に出ますし、実際見てみないとわからないことってありますよね。
また、特養入所を決めなければならない時が、病院から退院する時の場合、退院の期限までに決めなければなりませんし、特養は申し込み期間に制約がある地域も多いので、なかなかその辺もややこしいです。
叔母も、もちろん居住区内で探していましたが、退院までに入所できるかが微妙で、他の区からも自由に申し込める隣のZ区の特養に申し込みを検討せざるおえませんでした😞
X区内の特養探しでは、慎重だった私も少し切羽詰まったところもあって、特養Zの入所許可に渡りに船的に乗ってしまったところもあったのかもしれません。
X区では、ユニットの介護スタッフ配分なども必ずチェックしていたのに. . . 、肝心な所で確認が抜けてしまっていました😞
(X区では介護スタッフの数を確認していました⬇️)
特養Zに入ってから、あまりに介護スタッフが少ないことに驚くことになりました😞
(何かあっても、どこにも介護スタッフがいない状況で慌てました⬇️)
(他のご家族の方々も口を揃えて人数が少ないと嘆きます⬇️)
でも、毎日、面会できたことは良かったと思います(これは入所の決め手にもなりました。まだ、他は面会できない所が多かったので)
遠くて大変でしたが、長い入院生活で辛い思いをしていた叔母にとっても、新しい生活で、私に毎日会えることは安心につながったと思います。
また、毎日行くことで、ユニットの介護スタッフとも信頼関係が築けたことも良かったと思っています。
母の特養のように、このスタッフの人たちがずっと続いてくれれば、その後の結果も違ってきていたのでしょうが. . .、残念ながら配置換えがあり、信頼関係ができたスタッフは変わってしまいました。⬇️
とにかく人手が足りない特養でした。
介護スタッフの最低人数は公的にきめられているはずなのですが. . . とにかく広々としたユニットの部屋にはほとんどスタッフがいませんでした。
少なくても、ベテランで気配りのできるスタッフがいた時はまだ良かったのですが、配置換えがあってから、叔母は体調を崩しがちになり. . . 😞
配置換えがあってからのスタッフもなかなか定着しなくて、それも良くなかったと思います。
病院もそうですが、特養によって、高齢者のその後の運命って変わってしまうのですよね😞
高額の老人ホームなら良いかと言えば、それもまたそうとは言えないようなので、難しいですよね。
区の管轄下の特養ならば最低限の安全は保証されている(ぼったぐりなどもなく)と思っていましたが、特養でも事件のニュースもあったりしますから、何とも. . . 。
母のY区は、申し込みも不正がないようにいろいろ厳しく、また入所者が転んで骨折したりした場合も、区への届けが必要で、詳しく事故の状況を報告しなければなりません。施設長は定期的に区に集まって、報告や、会議が義務付けされていて、区が特養がきちんと公正に運営されているか目を光らせいます。
こうなると、やはり特養もいいかげんなことはしにくく、利用者も安心して利用ができます。
Z区は、自由度が高く、他の区民も申し込みがいつでもできます(普通は居住区民であったり、申し込み期間が決まっていて、区が入所審査にも点数つけなど関わることが多い)。
それはありがたい時もありますが、特養Zを見ると、申し込みに自由度が高い分、特養任せのため、区の目が行き届いているようには思えませんでした。
人手がないので、誤嚥への気配りも母の特養のようではなかったように思います。
掃除スタッフは別にいたので、全体的には掃除が行き届いて綺麗でしたが、個室の方は母の特養なように部屋を居心地よく整えたり飾ったりという気配りはなく、マットを立てかけたり、ただ寝られればいいという感じで殺伐とした感じでした。
入所時は、相談員さんが、絵を飾ったりできるという話でしたが、基本、壁を傷つけるので壁にかけたり、はったりは出来ないとスタッフからは言われてしまい、入所前に言われたことと、実際は違うこともいくつかありました。
一番困ったのは、特養Zは、後半、叔母の状態が悪く、介護スタッフが訴えても看護師さんがきちんと取り合ってくれないということでした。
介護スタッフだけでなく、家族が訴えても、素人がわからないのに口を出すなという感じでした。⬇️
母の特養のように、中のチームワークもしっかりとれていて、連絡も密であれば、叔母の肺にあんなに膿がたまって苦しむことはなかったのではないかと思います。
そのことも思い返すと私の気持ちを辛くします。
私の選んだ特養のせいで、叔母を苦しませて、そして良くないとわかっている病院に搬送になってしまったのですから. . . 何とも思い出すとやりきれない思いでいっぱいになります。
(この時、すぐに病院に連れて行っていればあんなことにはならなかったと思います⬇️)
(病院でも、却って看護師さんが多い特養だったため、過信があって手遅れになったのではないかと言われました⬇️)
(⬇️こんなに瀕死の状態なのに病院に連れて行かなかったことが信じられません)
看護師さんも常駐で、介護スタッフも私もおかしいと伝えていたのに. . . どうしてギリギリまで放置されていたのか. . . どうにも納得がいきませんが、今となってはどうすることもできません。
(救急の先生からも、もっと早く連れてくれば. . .と言われてしまいました⬇️)
そして、特養Zに看取りで受け入れてもらえると思っていたのに、それもキッパリ拒否されてしまい、行き場を失い途方に暮れてしまった私です。
(ケアマネさんからはOKをもらっていたのに、相談員さんから受け入れを拒否され、ケアマネさんとも連絡をとらないように言われてしまいました⬇️)
ただ、今となっては、看取りで戻っても母の特養のようにあたたかくケアしてもらえたかどうかも怪しいわけで. . .
何度思い返して悔やんだり、悩んだりしてもいたしかたないことです😞
特養選びもがんばったつもりでしたが、結果的に叔母のためにならなかったこと、ただただ申し訳なく思ってしまいます。
時々、車でX区の第一希望だった特養Aの近くを通ることがあります。
特養Aに入れていればこんなことにはならなかったのかな. . . と考えることもあります。
でも、入所できると言っていながら、他の人を入れてしまって、しらっとしていたあの相談員の態度を思い出すと、それもまた私の気持ちを暗くするばかりです。
(入所できるということで行ったら、もう入れない状況でした⬇️)
"公的な特養であれば安心"と言える施設運営が全国どこでも行われればいいなと思います。
行政がしっかりと目を光らせることで問題は起こりにくくなると思うのですが。
でも、その行政が、現場をわからず、介護スタッフの数を少なく設定したり、予算や補助金を減らしたりしていたら、結局、中身は良くなりようがないので難しいですね😞
仕事は大変なのに、給料も安いとなると、なり手がいなくて益々、人手不足の悪循環になってしまいますものね。
母の時と違って、叔母の後半は辛いことの連続でした。
苦しむ叔母を見ながら、そんな叔母をそんな状況に追いやったのが自分にも原因があり、そしてそこから救い出すこともなかなか出来ない自分の不甲斐なさに日々苦しんでいました。
やっと、叔母が穏やかに残りの日々を過ごせそうな転院先を見つけたのに. . .
結局、その願いもむなしく、叔母は亡くなってしまいました。
ごめんなさい🙏 字数制限に引っ掛かってしまって、次でまとめたいと思います🙇♀️
(つづく)



















