キラキラな宇宙法則をめちゃくちゃ日常生活に使ってみました、をめちゃくちゃ自己分析に使ってみました(タイトル)


本の感想は最後に書きました。基本的に自己分析、自己語りが続くので、長い文章は読みたくない、本についてだけ知りたいよ、という方は最後までスクロールしてみてください。



1.本を買うに至った訳、岡田さんに対する印象

いわゆるこの手の宇宙本、心理本、自己啓発本はもう依存症じゃないかってくらい買ってきました。何故なら自己啓発本の類は大抵自己肯定、自己受容の大切さについて章を割いているから、何も持たない私でも自己肯定していいんだとホッとすることができるからです。
ところが今年に入った辺りからどうにも本では解決できないぞ、と気付き始めてきました。そういうわけで最近はこの手の本は自分の中で禁じ手とし、東京行ってみたり群馬行ってみたりと、行動に重きを置いて、割と叱られたりしました。

ちきゅうのがっこうというイベントで岡田さんとお会いする事ができました。それまでブログを読んで岡田さんに対して抱いていた印象は「めちゃくちゃ出来る人で頭が切れる人、それ故にめちゃくちゃ辛辣な人」でした。だけど、実際にあったイメージは自然体で優しい人、でした。まあ「バカなの?」とか言われましたけど、嫌なエネルギーは乗ってなかったです。イベント時に「で、ほんとはどうしたいの?」を持っていったところ、こんなメッセージを頂きました。



(下は同じくちきゅうのがっこうで「魂ミーティング」に書いてもらったケプリ夫人のサイン。これ見てコロリ夫人と空見して、誰だよwとなった)

この2つのサインを見ると、どうにも私は側から見ると生き急ぎ系強がり女子らしいんですが、どうにも釈然としません。だって普通に弱いし、怠惰だし。だって、女の子だもん。
?と感じたものの、確かに何かにつけて焦るところがあり、人にはいいとこ見せたいとカッコつけがちなところはやはりあるなあ、と思います。これは3日前くらいの話なんですが、母親とオウム真理教の話をしていたとき、「あんたは心弱いから気をつけなさいね」と言われてカチンときたので、やはり自分の弱さを認めてないんだろうな、と思います。

やや話が逸れましたが、こうして岡田さんと実際にお会いしたので、ファングッズを買うような気持ちで、あるいは微力ながら手助けができればと思い、禁じ手にしてた本の購入をしたわけなのです。



2.拗らせ女子の拗らせすぎる現状

この「キラキラな宇宙法則をめちゃくちゃ日常生活に使ってみました」という本(以下キラ宇宙)は、人によって刺さるところが全然違うのではないかと思います。私は現状拗らせていて、望みもよくわかっていないから主に前半に刺さるところが多かったけど、子育て関連の文章こそが刺さった人もたくさんおられるかと。

まず、私の現状からお伝えすると

とりあえず金がない
自分の好きもわからない
自分の得意もわからない
当然「好き×得意」なんてさっぱりわからない
なんだかいつも疲れている
割といつも怒っている
人も自分も信じられない
酒とカフェインが手放せない

と、満身創痍っていうかおおよそ問題しかなくて、これでどうしてシンデレラやら、ちきゅうのがっこうやらに行ったんだろう、というレベルです。無駄な行動力。何なら現在進行形で精神科通いだし、皮膚科の薬も手放せない。依存症も多い(アルコール依存、スマホ依存、テレビゲーム依存、自己啓発本依存、ドリンク依存、ティラミス依存、チキン依存etc)
そういうわけで、概ね私の抱く願望は「癒されたい」「休みたい」「無目的に遊びたい」といったところに集約されるマジ意識低い系女子です。もう金と時間があれば一番やりたいことは全てを投げ出してハワイ行って遊ぶことだわ。


(ティラミス依存症者は、これを一人で食べきる)



3.過去と拗らせの分析

宇宙の法則、というものにはそれなりに触れてきたと思うし、自分をご機嫌にするようなこともやってみたけれども現実は悲しく上記の通りです。
その理由にこの本で気づいてしまって、何故不本意なところにとどまっているかというと、宇宙法則の罠にしっかりハマってしまい、現実的な対策をとらなかった、ということなのでしょう。
30年弱生きてきて、私は常にどの瞬間においても「自分以外の誰かになりたかった」のです。極端に言ってしまえば自分以外なら誰でもいいし、自分というものから遠ざかれば遠ざかるほど、認めてもらえるし結果が出るものだという認識でした。
ところが、自分というものはどこまでいっても追いかけてきて、私を解放することがないのです。いかに自分が変わろうとも、自分でなくなることはありえないわけですから。自分が自分である、という解決不能なものに、毎日苦しめられてしまい、その毎日の苦しみから逃れるために私は妄想を使いました。妄想の流れは毎回同じで、私は何かをして、人に認められ、幸福になる、という流れです。自己否定とそのストレスから逃れるための妄想を繰り返し、現実が一歩も進まなかったのが要するに私の人生なんでしょう。

妄想に逃げがちなことのルーツは私の場合子供時代にあって、子供時代、いわゆる機能不全家族みたいなところに育ったわけですが、両親が度々喧嘩していて恐ろしい、とか父親がいつキレて殴るかわからない恐怖、みたいなことって子供ではどうしようもないわけですよ。テストで100点とって父親がキレなくなる訳でなし。それで、苦しみを紛らわせるために妄想に耽る、という行動をよくとったわけです。(「自分が実は天皇の子である」という妄想もあったから、これ人に言ったらガチで病院連れてかれたと思う)
基本的に父親は私の精神的安全性を脅かす「敵」でしたね。夕方家で遊んでいて、父親が帰ってくると「ああ、自由時間は終わったな」と感じたものです。
あと、いくら勉強しようが努力しようが、結局両親が離婚するまで私の環境は一切変わらなかった、という圧倒的失敗感が、基本的に頑張れない怠惰な私を作り上げたものと推測されます。

ここにきて、人の評価のないところで「ただ、私がやりたいこと」が無いことに気づいてしまい、相当に焦っています。飲酒かカラオケかゲーム(別に上手くはない)くらいしか思いつかない。ううむ。「女性が綺麗になるのが好き」とか「絵を描くのが好き」みたいなことある人が羨ましい。

四柱推命の話が本で出たので言うと、私はパラメーター上、自立心が6割とかなり高いです。しかも劫財帝旺あったりして、エネルギー的には完全にゴリラです。嘘でしょ私華奢系(絶系)だと思ってたのに。反面知性と人脈がない(これも地味にショック。知性…)。自立心が高い、と言うことは自分は何を考えているか、何が好きなのか、何がやりたいのか、を明確にしておく必要があるし、また自分軸も(本来は)かなり強固にあるのだと思います。何せエネルギーゴリラなんで。

私はこの本でいうところの「幸せ恐怖症」だと思います。何故人間は幸せを希求すべきなのに、その幸せを恐れてしまうのかというと、生存を何よりも優先するからですが、そりゃあ前述した家庭環境下では少し騒ぐと父親から怒鳴られるし、母親からも嫌な顔をされる訳です。
私の身の回りにいる人は、総じて善良だが少し不幸な人、という印象で、母が好む人というのはそういうタイプだし、母が褒める人というのは「苦境にあっても笑顔で耐え忍ぶ人」だったりします。母親自身もそういう人だし、尊敬すべきなんでしょうが、その母親の美点が彼女を幸せにしたとは決して思えないんですよ。アル中DV男に15年も付き合った忍耐力自体は素晴らしくても、失ったものも多いんだろうな、と思っています。
そんな母親の評価とは裏腹に、当然私は幸せになりたいわけです。だって、女の子だもん(本ブログ2度目)だけどもただ幸せになると母親からの嫉妬は免れない。嫉妬は嫌だ。だけど幸せになりたい。そうなると、まず真っ先に母を黙らせることが出来る「特別な何か」を求めるようになった訳です。並外れた優秀さとか、あるいはお金、才能があれば母も納得するしかないということです。しかし、困ったことに、そのレベルの何か、というのは容易に手に入るものではない訳です。人並みに頑張れもしないのに人並み外れた結果など出せるはずもないわけで。元は幸せになりたいというシンプルな欲求であったものが、母の目を気にして見当違いの努力をした結果、疲弊してしまったのが現状です。もう本当ハワイ行きたい。

「幸せ恐怖症」という単語が出たので、少し持論を展開しますと、実は「幸せ恐怖症」には2種類いるのでは?と思っています。単に幸せが怖い人と、幸せにならない事で復讐している人と。
マリオカートで例えると、同じようにわざとトロトロ走っている人でも、「トゲゾーが怖い」人と「サンダーぶちかましてやりたい」人は何か違う感じ。

幸せ恐怖症の克服のためには、その恐怖を感じ切ることだとありました。感情を感じ切る。岡田さんがよく使うフレーズだけど、私はこれが非常に苦手。イヤーな感情が起こると、基本的に食に逃げてしまう。ちなみに最近の生活は、昼に起きてコーヒーと甘いものを昼食にし、夕飯にはコンビニ飯を食べ、ドリンクを煽り、寝る前にはマックと酒、というまさに不健康の見本です。また案外太らないので危機感がない。実は食べても太れない方がヤバイらしいですけど。
さすがにこれはまずいと思い、キラ宇宙を読んで、漫画通りに感情体感をやってみました。日頃悩まされている症状として、「お前はろくな取り柄がない」と頻繁に声が聞こえてくる、というのがあるんですが、一旦この不愉快さを戦わずに受け入れてみました。そうすると、不思議なことに声が消えていったんですよ。数時間後復活したけど。



4.多分自己肯定より必要なのは自己受容

今思ったのは、自己受容というのは俯瞰の目線ではないか、ということです。自分には良いところも悪いところもある。悪いところが目につき、戦う時、自分の目線は「悪いところと対立する場所」にあり、全体を見れていない。それに対して両方を認めるとき、自分の目線は自分を俯瞰する位置にあるということですね。
Happyちゃんがいう「まどろみの視点」なんかもこれだと思います。自分を斜め上から見ているような視点、大仏的視点ですね。Happyちゃんは(心屋用語における)前者だから、俯瞰視点になると後者的にぼーっとできる、と言っていましたが、私は後者だから俯瞰視点だと周りがよく見える、疑似的ではあるが前者みたいになれるという実感を持ちました。後者さんはお試しあれ。



5.マッサージ系くすぐったい問題

基本的に私はマッサージには行かないです。そんなに凝っていないというのもありますが、何より人に触られることがなんかくすぐったいのです。これって体質かなあ?とかそもそもマッサージを必要としていないからこういう反応に出るんだろうなと思っていたら、無意識の緊張とのこと。
マッサージ、なら別に問題にはならないのですが、恋人氏とベッドに入ろうという時に触られると「にょほほwww」とか「うへへへww」みたいなおおよそアラサー女子とは思えぬ(どちらかと言えば小学生男子みたいな)色気ゼロな声を出してしまうのはやめたいです。
あと、私はアトピー体質でもあるのですが、確かにそうですね、肌を撫でないです。めちゃくちゃ触る、っていうか掻くんですけどね。



6.資格問題

自他共に認めるクソとしては、資格があればいいかなー、なんて思ったことは1度や2度ではないです。資格があれば人から認めてもらえるかなー、とか思う訳ですよ。ただ、逆に受講者目線から考えれば、p141の上みたいな講師には近寄りたくないですねー。だって我々みたいなセミナーを必要としている拗らせは基本「認められたい」ので、資格いっぱい持っているステキな講師を「認める」なんて出来ないっすwww



7.自分の漫画がエグくてキモい

第4章において、人生を漫画に例えていますが、この例えが一番わかりやすかったです。本当は時間なんてないんだよ、といわれても????だったんですが、そういうことか。
最近見えたワクワクしないビジョンがですね、「冬の海に飛び込み自殺する自分の絵」というなかなかのエグさだったので、もうこんな漫画捨てたい。もうちょっと伏線が回収されて、きちんとしたストーリー展開があって、愉快な仲間が出てきて、ハワイで遊びまくる感じの漫画を読みたい。



8.「どうせ○○」は「自分は○○じゃない」という意味

私自身もそうですが、よく「どうせ○○」という表現を使う人っていますよね(大丈夫、拗らせはここにもいますよ!)。だけど、「どうせ○○」といったことに対して「そうだね、お前は○○だね」といわれるとめっちゃムカつくじゃないですか。

私「どうせ私は高卒でアホだし」
誰か「そうだね、君は低学歴で本当アホだよね」
「ムキー!」

これ、どういう事かというと、「どうせ○○」と言う方の心理としては否定してもらいたいんですよ。上の例でいうなら「いや、君は確かに学歴ないけど頭はいいよ」みたいなのが正解選択肢。従って、本当に自分に感じていることは、「どうせアホ」ではなく「私は頭いい」なんですよ。ただ、これ回答側としては、果てしなく面倒なんですよね。そこまで自惚れんなら最初から自己肯定感満載で話してくれ、と。いきなり参加表明してもいないのに人狼ゲームに巻き込まれたみたいなもんですからね。高度な心理の読み合い(いや、この場合単純なんだけど)

(どうせ○○といっている人に本当○○と言うとキレられるよ!という話は確かどなたかカウンセラーさんがブログで仰っていたのですが、どなたかが思い出せない)

ワクワク、願いが思いついた時に「どうせ○○」と言って勝負を投げるパターンがある(p194)訳ですが、どうせ○○という思考はむしろその逆の事を信じている事を強固に表す、というように感じました。


9.その他短い感想

・自分は10kgくらいでへばっているけど、周りはみんな1トン背負ってるんだろうなと思うと助けを求められない問題。

・自分の中心点ってどこだろう?頑張ってみることか、休むことか。

・p127、いきなりカード使ってシンデレラプロジェクトやちきゅうのがっこうに行ってしまった身としては大変耳が痛い。



10.やっとこさ本の感想。

「全体的にはぶった切っている印象ですが、割と読み飛ばしがちなところに著者の優しさが散りばめられています。キラキラに辟易した人も、一歩踏み出せない人も、拗らせて休むことすら出来ない人も、どこかは刺さるところがあると思うので、購入を迷っている人にはオススメしたい本です」


 






とりあえず私は寝て、自分をヨシヨシナデナデします。これ書くのに3日かかったし。あとハワイ行きたい。