昨夜のNHKスペシャルを見るまでは、お恥ずかしながら佐村河内守さんのことは全く知らなかった。
1963年生まれの被爆二世、幼い頃から音楽の英才教育を受け、17歳から交響曲第一番の作曲を始めるが聴覚に障害が出始め、ゲームソフト「鬼武者」の曲を作り始める頃には全く聴こえなくなった。
24時間365日、耳鳴りの轟音の中に身を置き、それを抑えるため服用する薬は15種類にも及ぶ。
ひどいときは全く動けず、トイレにも行けないためオムツを付ける。
そうした日々の中、症状が抑えられているわずかな時間に曲を作る。楽器は使わない。
頭の中で大きなノイズに埋れている旋律を、絶対音感を頼りに紡いでゆく。
そうして2003年に生まれた交響曲第一番HIROSHMA。2008年に初公演され、2011年東日本大震災の被災地で「希望のシンフォニー」として広まり、被災者の心を支えてきた。
NHKで見たのは単なる偶然だった。
面白そうだから後で観よう、と録画を始めたのに、そのまま釘付けになった。
リスナーはもちろん、演奏者たちも涙を拭いながら演奏したというその旋律に、まさに、魂が揺さぶられた。
見開いた目から涙がとめどなく流れて、頭で理解するのでなく、魂が赦されて救われて、ひとはこんなふうに天国に逝くのかもしれないと神を身近に感じられた。
こんな感動を知らずにいたことが、とても残念に思え、知って良かったと安堵のため息をついた。
今朝は生まれかわった気分だった。
また新たな人生が始まった、そんな気持ち。
これからCDを買いに行く。
iPhoneからの投稿
1963年生まれの被爆二世、幼い頃から音楽の英才教育を受け、17歳から交響曲第一番の作曲を始めるが聴覚に障害が出始め、ゲームソフト「鬼武者」の曲を作り始める頃には全く聴こえなくなった。
24時間365日、耳鳴りの轟音の中に身を置き、それを抑えるため服用する薬は15種類にも及ぶ。
ひどいときは全く動けず、トイレにも行けないためオムツを付ける。
そうした日々の中、症状が抑えられているわずかな時間に曲を作る。楽器は使わない。
頭の中で大きなノイズに埋れている旋律を、絶対音感を頼りに紡いでゆく。
そうして2003年に生まれた交響曲第一番HIROSHMA。2008年に初公演され、2011年東日本大震災の被災地で「希望のシンフォニー」として広まり、被災者の心を支えてきた。
NHKで見たのは単なる偶然だった。
面白そうだから後で観よう、と録画を始めたのに、そのまま釘付けになった。
リスナーはもちろん、演奏者たちも涙を拭いながら演奏したというその旋律に、まさに、魂が揺さぶられた。
見開いた目から涙がとめどなく流れて、頭で理解するのでなく、魂が赦されて救われて、ひとはこんなふうに天国に逝くのかもしれないと神を身近に感じられた。
こんな感動を知らずにいたことが、とても残念に思え、知って良かったと安堵のため息をついた。
今朝は生まれかわった気分だった。
また新たな人生が始まった、そんな気持ち。
これからCDを買いに行く。
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