とある後輩さんから熱力学についてまとめたプリント(いわゆる「試験対策プリント」)つくってみたけどコメントくださいという依頼が来た。

私はこの類の依頼にどうしてこうしてかわからないけれども非常に高いモチベーションが湧くようで、返事をする前にもう読み始めていたのだけれども、さすがに優秀な後輩さん。いろんな事項についてのウェイトの付け方とか、大局的な観点と細かなテクニカルな観点とちゃんと載せてあって、さすがだなぁと。

しかし、その優秀な後輩さんをもってしても、読みながらつくづく感じたのは、熱力学の指導はなぜかトラップにハマりやすいというか、やっぱキツイよなぁ、ということ。

そこで、熱力学を学ぶ教科書とその論法を考えてみたいと思う。

熱力学という分野を学ぶと多くの教科書で使われる指導法として、いわゆる「熱力学の第一法則」と「熱力学の第二法則」のやや歴史的で実験的ないし操作的な公理っぽいもの(クラウジウスの原理)とか、それに付随していろんな計算技術を身につける意味かしらないけどサイクルの話とか、サイクルという概念とマッチした熱機関の話とかを教えつつ、そこで色々身につけさせたのちにあるところで「熱力学関数」という関数が現れて、この関数を中心とした議論が展開される。

この手法は実験的な操作を踏まえたエネルギー計算とは非常に相性がよく、技術を諸々身につけながら進むのは悪いことではない。伝統的な処方箋で書かれた標準的な教科書としてはを私としては推しておく。

しかし、この論法で「熱力学関数」を構築するときには数学的にやや高度なものが必要となる。詳しくは、あたりを参照してもらうとして、多様体を定義し、その多様体上で微分1形式を作ると可積分性がある、などというおおよそ理系でも学部1年生の大半に学ばせるにはあまりに酷な仕様なのである。

学部1年生は多変数関数の微分さえ並行して勉強している最中なのだ。多変数が絡む積分も電磁気で3次元ベクトルにようやく馴れる程度であることを忘れないで欲しい。

凡庸な自身の経験としても、後輩さんを見ていても、この積分のロジックは頭を抱えるか、もういっそわからずに、その結果としての熱力学関数を受け入れることになってくるように思う。

すなわち、第一法則、第二法則から突如「熱力学関数」というものにぶっ飛んで、理解の飛び地が形成されてしまう。

その辺りを考えたとき、やはり積分して熱力学関数に持ち込む論法よりも、あらかじめ熱力学関数を与えて微分により展開する論法の方が学生としては技術的難易度は低いのではないか。

この観点からみると熱力学の教科書としては、熱力学関数をあらかじめ与えて数学的操作としても微分に徹底した易しい教科書の代表格なのではないか、と私は思うのである。

しかしこの本の評判といえば「難解」「ハイレベル」のイメージがある。

それには当然ながら理由があって、単純な話で、「とっつきにくい」ことだ。

2011年の東大英語の大問1.の要旨要約問題を最近なんらかの理由で見て、あ、この話じゃんと思ったところなのだが、馴染みのある知識と繋がらない知識は繋がらないのである。

そのあたり、は温度を導入して議論を開始しており、高校の物理を履修していれば比較的入りやすいかもしれない。

だが、田崎さんの本の場合、私の感覚からするとその論理の流れというか、頭の使い方が、学部1年生からすると馴染みのない頭の使い方を要求されるような感じもする。

そんなこんな考えてみると一長一短、なかなか辛いものである。

個人的に、後の話については授業内容や目的等でなんとでも言えると思うので、あとは趣味の問題でもあるし、誤植の多寡あたりでも気にすればいいと思う。

しかしやはり、積分処理と熱力学関数の数学的処理やそのあたりの理解の質は個人的に重要だと思う。

菊川本(はじめ、標準的なタイプの論理)
最初のとっつきやすさ ◯
熱力学関数の導出 難

新井本
最初のとっつきやすさ 数学専門書
熱力学関数の導出 数学的厳密

清水本
最初のとっつきやすさ きつい
熱力学関数の導出 楽(というより公理なので導出せず)

田崎本
最初のとっつきやすさ △
熱力学関数の導出 △(1形式の積分は使わないが演繹のレベルは高いかも)

いろんな本のいろんなレビューがあるものの、なかなか妥当なレビューも少ないところ。

個人的には標準的なものと、その標準的カリキュラムでのゴールから攻める清水本の2つを読んでおいた方がいいかなと。