古典力学では実際には大きさのあるものを重心に質量が集中した点とみなして、その重心座標に対する運動の第二法則に基づいた運動方程式を立てて扱うことはよく行われている。

 

実際にはそのような質量が集中した「質点」は存在しないけれど、そのようなことはその物体が大きさを持つ(が故に仮に回転をしていた)としても、そのような大きさに関わる情報を一切考えることなしに(つまり、回転していても回転のことは一切考えずに)、重心位置の時間発展を正しく予言できる

 

この話は(機械工学系出身の)父親にしたら「回転していても回転のことを考えなくていいのはちょっと信じられない」という顔をしていたのだが、これは古典力学の非常に強い性質であり、また、いい性質なのである。

 

このような性質を確認するには物体が複数の点で構成されていると考えて、それぞれに対する運動方程式を立ててから、重心に対する運動方程式を構築することによって同じ運動方程式の形で記述できることを示せばいい。

 

単純なイメージとして星Aと星Bの2つの星でできた連星系を考える。

星Aについて、星B以外から受ける力の合力をF_A

星Bについて、星A以外から受ける力の合力をF_B

星Aが星Bから受ける力をF_AB

とすると

星Aについての運動方程式は、星Aの質量をm_A、加速度をa_Aとして

m_A a_A=F_A+F_AB

同様に、星Bについての運動方程式は、星Bの質量をm_B、加速度をa_Bとして

m_B a_B=F_B-F_AB

となる。

 

最後星Bが星Aから受ける力が-F_ABなのは、いわゆる「作用反作用の法則」というやつだ。

 

これに基づいてAとBの重心についての方程式を作ると、実は単純に両辺それぞれ和をとって、左辺についてやや整理して、重心の加速度をa_Gとすることで

(m_A+m_B) a_G=F_A+F_B

となるが、これは、AとBの重心の加速度に、AとBの全体の質量の和をかけたものは、AとBのそれぞれに外からかかってきた力に等しいという運動方程式のそのものになっているのである。

 

この関係性を成立させる意味で作用反作用の法則が効いていることこそ、個人的には作用反作用法則の重要な価値だと思うところである。

 

ところが、同じことを量子力学でやろうとするとちょっと注意する必要がある。

つまり、重心自由度だけを取り出して、相対自由度を不問に付すのは、一般にはできない。(できる場合もある。)

 

できる場合もあるというので、できる例から考えてみよう。

2つの粒子を平面波として、運動量固有状態で記述してみよう。同種粒子の性質はいちいち考えると面倒なので異種粒子でいい。

 

1つ目の粒子に対応する位置をx_1、もう1つの粒子のx_2で記述する。そして、どちらも同じ運動量pで飛んでいて同じ質量mとする。すると重心は単純に(x_1+x_2)/2、重心運動量は2pになると期待され、そのような平面波が構成できればいい。実際にそれができる。まず、各々の平面波に対応した波動関数を構築して、全体の波動関数を作る。それによって波動関数ψ(x_1, x_2)は

 

ψ(x_1, x_2)∝(e^ipx_1)(e^ipx_2)

 

となる。これを整理するとe^ip(x_1+x_2)となるが、すなわちe^i2p(x_1+x_2)/2なので、重心座標と重心運動量で平面波を構築したものと同じになっている。

 

だがしかし、これはうまくいく例にすぎない。うまくいかない例がもちろんある。

 

それを考える単純な例として2つの粒子を二重スリットに通すあの単純な実験を考えればいい。

2つの粒子には同じように二重スリットを通り抜けてもらい、それぞれは完全な独立試行であるとしよう。

 

やや乱暴な点はあるが、上の波動関数で記述されるような粒子を二重スリットに通過させるだけでうまくいかない例になる。

 

1つの粒子がスリットを通過するとき、

 

「左側を通過した状態を|L>、右側を通過した状態を|R>と記述できるとして、|L>+|R>という状態になる」

 

とする。(規格化の問題は今回は無視する)左側の位置座標の読みを−1、右側のそれを+1などと考えれば良い。いずれにせよ、一粒子ずつ、このように通ってくると、二粒子全体の状態は

 

(|L>+|R>)(|L>+|R>)

 

となる。これを展開すると

 

|L>|L>+|L>|R>+|R>|L>+|R>|R>

 

となる。ここで、重心の位置は平均値だったので、それぞれの状態に対して重心の位置を考える。

|L>|L>ならば重心はL、|R>|R>ならば重心はR、ほかは0だ。

 

ただ、重心だけだと自由度の都合これらの状態を区別しきれないので、相対座標を導入する。

いま、先に通った粒子がL、次に通った粒子がRの時を|L>|R>などと書いているが、この|L>|R>のように、先の2つ目に通った方の値と1つ目に通った方の値の差が正なら+、逆に|R>|L>のような時を-、両方同じだったら0として区別しよう。

 

この2つの座標で先の状態を書き直すと

|L,0>+|0,+>+|0,->+|R,0>

などとなる。ただし、ケットの中に書いてある文字の左側は重心座標、右側の記号は相対座標である。

これを改めて

|L>|0>+|0>|+>+|0>|->+|R>|0>

と書き直して、「因数分解」のような操作をする。それによって

(|L>+|R>)|0>+|0>(|+>+|->)

となる。

 

これ、「重心自由度についての波動関数と相対座標について異なる組み合わせの積の和」で記述されている。

 

相対自由度に対する状態を射影することによって、重心自由度の波動関数を取り出すことができるが、相対自由度の選び方によって、重心自由度の波動関数は異なるものが出てきてしまう。実際、|+>や|->であれば|0>が出てくる一方、|0>を相対座標に対して選ぶと、|L>+|R>が出てきてしまう。

 

このようなものは「量子もつれ」として理解できる。

 

いずれにせよ、相対座標に対する情報を考えないことには、重心座標に対応する波動関数が一般には定まらないのである。(相対座標に対する情報を与えれば対応する波動関数を定めることができる。)

 

また、今(多かれ少なかれ乱暴ではあれ)示したように、実験プロセスの中で重心座標に対して波動関数を考えてもいい系が突如として重心座標に対する波動関数を一意に決められなくなる操作も存在する。(このような操作は非局所操作によって実現しているので、LOCCによってエンタングルメントが生成されないことには反しない)

 

このような量子もつれが一般にはあるため、相対座標の存在を見逃している人には(具体的にどの程度隠されるかは状況によるが)干渉性が隠されてしまうという側面がある。