秋田県の雄物川の上流にある玉川温泉はpH1.0の非常に強い酸性を示している。
このような温泉水が湧き出た後、どうなるか?
もちろん、流れ出ていくわけだ。
どこに?
近くの川に。
そして、それは近くの川に混じって、最後は海まで。
雄物川の水はそれ故に酸性に偏って、これによって流域開発に支障を来していたという。
1930年代、流域近くの、日本で最も深い湖として有名な田沢湖に、この酸の強い水を流し込んで希釈し、水力発電や農業用水をそこから引こうという計画が持ち上がったようである。
大きな湖に流せば薄まるだろう。という発想だったのか?
さて結果どうなったでしょう?
高校の化学で酸性塩基性について学んでいればなんとなく予想がつくのではないか?
あるいは、中学校でも中和についての実験をやっていればなんとなく想像がつくのではないか?
田沢湖は確かに大きかった。
が、数年のうちにpH4を下回る酸性水になってしまい、用水も使えなくなってしまう。
化学で学ぶ、酸性塩基性で問題になるのはpHという数字で、この数字に素直に諸々の性質が見えてくるのだが、pHというのは、水素イオン濃度の対数であることが非常に効いてくる。
水素イオンの濃度を数値にした時、小数点以下何桁目に値が初めて出てきますよ、というのが、pHの大雑把な意味である。
大雑把にいえば、強い酸性のものであれば、10倍希釈くらいしてようやくpHを1上げられる。
タチが悪いのは温泉水は次から次へと湧いてくる。周りの水源からの水を汚しつつ、どんどん流入してくる。
湖がいくら大きいとはいえ、流入してきたら流出していかないと釣り合わないわけで、それを踏まえると最終的には元あった水は全部なくなって、温泉水に汚染された水源から流入した分と、汚染されてない水源から流入した分の単純な混合でできた湖になってしまう。
実は田沢湖、この温泉に汚染されていない、元からの水源があまり大きくない。
この自然に流入していた分の数倍もの、pH3とかいう汚染水を導水したようなのである。
その後結局この時の用水や発電所がある以上、汚染水の流入を止めることもままならず、現在は、温泉近くで石灰を投入して中和をする施設を通して水質を改善する措置によってようやく酸性水問題が一応、少なくとも河口部までいけば、解決できたと言えるようである。
しかし、石灰による中和だけでは足りないのか、中和施設はもう30年近く運用しているが、田沢湖の湖水のpHは6には届いていないようである。
pHの特性さえ知っていれば、中和として意味はなさないことがわかる事案だったのである。
ところでこの話を聞いておもうことがある。
本当に酸性水の希釈を目的に行った導水だったのか?という疑問が湧く。むしろ、田沢湖からの流出可能な水量の確保だったのではないか。
田沢湖は流入水量が少ないために用水の水源としては不向きであり、実は水量を確保するのが真の目的だったのではないか、と。
そして、水力発電所があるようで、それはつまり、高低差を稼いで発電できる適地があることを意味している。発電所がまだできていない段階で問題になるのもやはりこちらも水量確保である。
この田沢湖からの導水と田沢湖への導水は一体的に行われている。水量確保という頭で見るとしっかりした計画で、湖面の低下とかいう、どこかのアラル海みたいなことをやらかしていないのである。
いっぽうの、酸性水の問題解決としてはあまりにも拙い手法であり、結果いまだに生態系も破壊されているし、一時は発電施設さえも悪影響が出るほどの強い酸性だったという。
酸にしても流入と流出を考えれば、いくら湖が大きくてもあまり本質的ではなく、もともとの流入水量が少ないことを知っていれば、希釈が意味がないのは元から見えていたはずで、ダブルスタンダードな議論でできた計画なのである。
真のところはわからないが、この事案を見ると、もしその提案を議論する椅子に座っていた人たちがもし科学的知識を広く持って、それを一定程度応用できるスキルを持っていたなら、ましなことになったのやもしれぬ、とは思うところである。