琉球大学の前野昌弘先生の有名な教科書「よくわかる電磁気学」を買いました。
電磁気学の教科書としてみると典型的な「帰納」派教科書。つまり、マクスウェル方程式に至る前にあらゆる議論を行い、最後にマクスウェル方程式として整理するタイプの教科書である。「帰納」派の教科書は概して電磁波の議論に至るまではマクスウェル方程式を公理としないもので、マクスウェル方程式以前に発見された法則や現象をマクスウェル方程式を使わずに紹介する、という歴史順序に従った教科書になることが多い。
各事項についてこれでもかというほど丁寧に、試験問題に作りやすそうな具体的な(比較的簡単な)議論を構成していくという感じの構成で300ページ。正直言って学部というか、マクスウェル方程式止まりなので「教養の電磁気」にこれだけのページを割きながら、加藤の電磁気などにあるような「教養的な要素」あるいは「大方技術面で議論する価値はあまりないが基礎づけとして重要なもの」もカットされている方向を感じる。
たとえば、「電荷の定義」あるいは「性質」として非常に本質的な役割を担っている意味で「連続の式」や「電荷保存則」が扱われるべきだというのが私の認識であると同時に、加藤や砂川など、私のチラ見する限りでそのような記述が見受けられるのだが、この本では見受けられなかった。
したがって、というほどでもないが、「基礎論」という意味での基礎の教科書ではなく、技法面での基礎をこれでもかと詰め込んだ教科書ということになる。
おそらくこの教科書は初学者に対して授業をしようと思っている人は手に取るべき教科書だろう。たくさんの電磁気学に苦戦してきた学生を相手にしながら磨き上げられたテキストである。
しかしである。問題は300ページあるということだ。300ページもあるので、おそらくちゃんと読み切るには相当な労力が必要である。高校の教科書や参考書のページ数と比べてあまりにも多い。困った時の辞書としての側面もあって、必要でなければ飛ばしていく(特に「例」として挙げられるような部分はテスト前に問題を解く時の答え合わせなどに取っておくべき箇所であろう)という判断を求められるだろう。
さらには、これだけ丁寧にたくさんのことを見返した時、最後に「で、なにがしたかったの?」ってなると答えられなくなってしまうと思う。この問題は「帰納的」構成の場合特に難しい。「何がしたかったの?」という類の、「やってきたことを整理する」という観点からいくとおそらくこの教科書は「最悪」クラスに分かりづらいだろう。なんか技法が身についたり、どういう場面でどういう計算手法を使えばいいかは当てをつけられるが、結局、「電気や磁気にまつわる初歩的な計算技法や問題を一通り眺めました」で終わりかねない問題点がある。
その観点から、専門へ移行する時に、理論構造や認識をまとめ直すことになるだろう。
その時にはおそらくこの教科書はなんだかんだと「理学寄り」の癖を持っているように見えるとおもう。もともと理学部の学生を相手にした講義の教科書で、回路など工学的にも応用に効く議論はしているのだが、半導体の議論や等価回路の議論などもなく、一方でドルーデモデルのようなものを提示してオームの法則を「導出」(注:オームの法則は本来ただの線形応答にすぎない。ドルーデモデルも一つのオームの法則を説明しうるトイモデルである。)するあたりは固体物理といった理学部の物理のステップという印象を受けた。
いずれにしてもであるが、「教養の電磁気学」つまり「マクスウェル方程式に至るまで」の「静電場、静磁場、定常電流の(偏微分方程式をまともに解こうとまではしない)範囲の電磁気学」であれば懇切丁寧な説明であり、時間と気力さえあれば「独学」にも適しているし、さほど余力のない人でも講義内容でつまづいた時に参照できる本として有能なもののように見えた。
東大の教養では「シケタイ」と呼ばれる人がいて、試験の時には過去の試験問題を見て対策を練るのだが、この本をリファレンスして解答を作ったり、説明をすると仕事が楽なのではないだろうか、とも思った。
というか、東大の理系教養電磁気でこれを読ませてもいいと思う。確かに技巧、技法の面であまりにも冗長な説明がある気はするが、初学の人が気になる問題点をこれほどちゃんと紹介した本は少ないし、つまづいた時に確実に助けてくれる上、少なくとも教養の電磁気学の範囲であれば、この本で問題を解く技量も身につけられる。私がもし担当教官になるなどという機会があれば、「困った時にリファレンスできるし、初学の人がよく気にするが、慣れてしまうとあまり気にならなくなってしまうような質問にも丁寧な答えをくれるので、わからないままながら、なんかわかったかのような感じになってわからなかったことさえ忘れてしまうという最悪な状況を回避する非常に重要な役割をしてくれる参考書」として紹介するだろう。
分類上は「入門書」だが、「困ったらとりあえず開いてみるべき本」としてお勧め本にジャンルしておこう。