物理の教科書というものは星のようにある。なぜそんなにあるの?と思うかもしれないが、これはそれだけたくさんの人が授業をしているからである。授業をすればその分だけ授業用の準備資料が出来上がって、準備資料が豊かなものになると一定程度の割合で出版されるのである。
しかし、そのような本の中で本当に「名著」となるのはそのなかのごく一部に過ぎない。ということで多くの人たちは教科書を選ぶ上で困って迷って結構な割合でハズレくじを引いて、っていうことになりうるのだが、これは立ち読みでその本の質をなかなか見きれない理学書の特性によるところも大きい。
力学は特にたくさんある一方で押しを決めづらい気がする。私は個人的な経験から言って、高校時代までにハイレベルの学習をして成績が良かったとしてもハイエンドな名著を読むのは教養の本を読んでから、ということを強く推したい。そこで、逆に「じゃあハイエンドな名著ってどんな本?」っていうところから紹介する。つまり、今度の新入生からしたら、「一度勉強したら読むべきだろうが、勉強するまでは控えておくべき」本のリストから書いていこう。
(1)ランダウ 理論物理学教程 力学
力学に限らず、レフ・ランダウのこの教程の本は評価が高い。一方で「難易度が高い」本でもある。力学に戻ってみるとこの本の最初の項目は一般座標である。高校までで物理を学んでいればかなりの割合で「まず座標を書け」と言われる。実際のところ、座標は物質世界での「位置」を数値化し、数学的な土台に乗せる非常に便利な基本的な道具である。ところがこの座標の作り方は一通りではない。というのも、実際の位置を一意的に数字(もしくはそのペア。普通の座標だったらx,y,zの3つ)で記述できればなんでもよくて、具体的には中学高校以来のデカルト座標や、極座標とかでてくるわけであるが、それをさらに一般化して(みため不便そうな場合も含めて)座標として使える物を想定してはじめる。座標を異なる座標に選ぶともちろん数字のペアとしては違うものになってしまうのが普通で、(平面座標で(1,1)の点は極座標なら(√2,π/4)となったりする)異なる座標に移る効果などを一定程度理解している必要があって、それは例えば数学で言うところの多様体論なのだが、多様体を数学的に教えてくれるわけではない。その意味でランダウの力学は導入から辛いところがある。一方で、そうした前提さえ掴んでいれば非常にエレガントな説明で短く綺麗にまとめることで物理的には非常に幅広い内容を扱っており、困ったらランダウを当たってみろ、って言える本である。
(2)ゴールドスタイン 古典力学
ランダウと比していかにも物理屋が物理屋らしく(?)書いた、ある種泥臭い物理本がゴールドスタインの特徴だと思う。とは言っても簡単ではないし、伝えていることの大事さが、特に初歩の内容について、あまり感じられないような書き方をしていて、なんでも書いてあるけど初っ端から読む本では絶対ないと思う。古典力学の計算において技術的なトピックが広く扱われた、典型的なアメリカの大学院生用教科書って感じがする本で、ランダウよりも敷居は低いので、教養向けの本を一通り読んだら辞書的な位置付けで手に取ることをお勧めする。
(3)V.I.Arnold Mathematical Methods of Classical Mechanics
ここまで洋書の和訳ばかりだったが、岩波から和訳が出てはいるものの少数発刊後すぐ絶版という展開を繰り返すので洋書そのものを紹介する。こちらの本はシュプリンガーの数学書のシリーズの中に入っていることからも一定程度わかるのだが力学を数学として考える立場の本である。したがって、議論がかなり数学書に近い構成で行われている。しかし、数学用語を数学の素人向けに伝えているようには私には見えないので数学書に馴染んでいる人でないと抵抗があるような気がする。
とりあえずハイエンド教科書でした。