中学生でも原子が「原子核」と「電子」からなっていて、原子核の周りを電子が回っている、というようなことは授業で学ぶのではないかと思うし、高校では「ドブロイ波条件」を使って、軌道の量子化を見る。

実は原子は原子核の周りに電子が回っていると考えたモデルは最初は比較的否定的に見られていた。理由のうちおそらく最大のものが、古典電磁気学における「制動放射」との結びつきで、
「加速度を有する(=等速直線運動でない。電子の軌道は円なので直線ではなく、加速度を有する)運動をする場合、光を放ってエネルギーを失う」ということが知られている。

そのメカニズムを扱うには比較的高度に電磁気学を知らないといけない都合、おそらくお話で聞いたことはあるけれど、それがなぜかは説明できない、という状況が続くと思う。
ただし、いずれにせよ、電子が回っているとエネルギーを放射して失ってしまうのでそのうち電子がどこまでも原子核に近づいて、壊れてしまうのではないか、というような話がある。

量子力学でこの「不安定性」問題は「解決された」と言われる。
しかし、大学で化学系を含めて、原子の周りの電子の軌道計算をしたことがある人であれば、その正体が単純にクーロン引力で電子を原子核が引きつけるモデルと同じ運動方程式を意味するシュレディンガー方程式を解いているとわかるだろう。

ここで一つ疑問を持ちうる。制動放射の扱いをしていないのに解決されているのか、と。

答えは、解決されている。
なぜ解決されているのか、というのは制動放射が修正されたというわけではない。現に「励起状態から」は電子はエネルギーを失って、放射する現象を日常的に観測する。
すなわち、基底状態の安定性さえ理解できればそれでいいのだが、実はそれは大した話ではない。

ちゃんと説明しよう。
制動放射は加速度運動をしている荷電粒子からエネルギーを奪っていく。
これは高エネルギー状態(励起状態)から低エネルギー状態への「遷移」を引き起こす。

原子核-電子系を考える時、つまり、原子核と電子をシュレディンガー方程式を解くことで波動関数を得ることができるが、量子力学では
エネルギーを確定させる「固有状態」を導出しておけば、「いかなる」、用意されたハミルトニアンを満たす(つまり運動方程式を満たす)状態も、その線形結合で表示できる
という立場を取っている。

で、古典的な描図でエネルギーを失って、いつか原子核に電子が落ち込む、というのは、
「電子が原子核に近いほどエネルギーが低い」
というように、「低エネルギー状態を目指すために」引き起こされる現象である。
この「低エネルギー状態を目指す」というよく使われるスローガンがなぜ正しいのか、という理屈こそが、今回であれば「制動放射」である。日常的なものでは「摩擦」など、さまざまあるが、この例では、制動放射がその「摩擦」のような役割をしている。

この知識を合わせて考えれば、
量子力学的に実現される、最もエネルギーの低い状態が、制動放射によって実現される
という結論を得ることができる。

それはシュレディンガー方程式を解くと(球面調和関数とか特殊関数が出てこないと書き表せないが)、その最低エネルギー状態は「電子が原子核に落ちた状態」ではなく、通常1s軌道と呼ばれる「状態」だった。

つまり、量子力学によって解決された理由は
「制動放射が実現する、最低エネルギー状態それそのものが崩壊したものではなく原子の体裁を持った状態だった」
ということが原因である。

なぜ量子力学ではその1s状態が最低エネルギー状態になったのか。
よく引き合いに出されるのは「位置と運動量の不確定性」である。
つまるところ、電子が原子核に近い可能性が高くなればなるほど、電子の位置が「確定」に近い状態になる。
実際、不確定性が大体、原子の大きさくらいになるというか、ある意味でそれを持って「原子の大きさ」を決めることしかできないのが実情なので、原子の位置が確定すると運動量の不確定性が大きくなって、運動量がある程度大きい確率が増えると、それは原子を拡大させようとすることになり、この釣り合いがエネルギーを確定させる、というもの。

まあ、それはおそらくば正しい。
制動放射が起こる数式は加速度を参照しているのであって、エネルギー状態を参照しているのではないのでは、という議論ももちろん、ありうる。
しかし、そのような状況であれば、電子は近くの光子を吸収してエネルギー的に釣り合うことが求められる。

となれば、正味で、放射がない、ということになってくる。
いずれにせよ、「放射が見られない」理屈はここまでで見ただけでは確かに説明しきれないのだが、シュレディンガー方程式が教えてくれるのは単純な原子核-電子状態の中に、あからさまに原子が崩壊する解がない、というものだ。
もし崩壊するのであれば、クーロン引力が原子を形作る運動方程式そのものが本質的でない必要がある。
ところが、制動放射はそれを否定しているわけではない。むしろ、クーロン引力のために、エネルギー減衰が軌道半径を小さくする。