細かい配慮ができる社長が会社を伸ばす 江口克彦氏インタビュー(前編)
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このほど発刊されたザ・リバティ9月号の特集「ゼロから立ち上がる力」で、パナソニック創業者で経営の神様・松下幸之助さんの薫陶を受けた江口克彦氏に、「もし松下幸之助さんがうどん屋を始めたら」というテーマで話を聞きました。

本記事では、本誌で紹介しきれなかった内容を掲載します。今回は前編。

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江口オフィス 代表取締役
江口克彦
(えぐち・かつひこ)
1940年、愛知県生まれ。慶應義塾大学卒。松下幸之助の側近を23年間務め、松下哲学を伝えるための講演や執筆活動を精力的に行う。元参議院議員、PHP総合研究所元社長、松下電器産業(現パナソニック)元理事。著書に『松下幸之助はなぜ成功したのか』(東洋経済新報社)、『凡々たる非凡―松下幸之助とは何か』(エイチアンドアイ)など多数。
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◎松下幸之助さんが、ある時、お昼を食べなかった理由
――松下幸之助さんの商売の出発点には、「感謝がある」とお聞きしました。お客さんや社員への感謝というのは、どのような形で表現されたのでしょうか。

江口克彦氏(以下、江):例えば、松下幸之助さんが大阪の町工場でつくった製品を東京のお店に売りに行き、「うちでつくった製品を15銭で買ってくれませんか」と言ったら、当時、東京では大阪のものを一段と低く見ていましたから、「15銭だったら東京と同じじゃないか。それなら東京から仕入れるよ。14銭か13銭なら考える」と言われるわけです。

「15銭で売れないから、13銭か14銭に値引きして売らんといかんかな」と思った時、松下さんの頭には、20数名の店員(社員)の顔が浮かびます。松下さんは「これは店員が力を合わせて、汗水たらして必死の思いでつくったものだ。それで15銭という値段をつけている。神仏に誓ってつけた神聖な価格である。自分一人で、意図的に安くしたり、高くしたりするのは、商売人として許されない」と考えた。

まあ、そういう社員の汗を思うような人ですね。そして、その15銭という定価をそのまま貫いて、15軒のうち、4~5軒のお店に買って頂いたということです。

また、松下さんは30歳のころですが、実は、大阪市此花区(このはなく)の区会議員になったことがあります。松下さんも、政治家の時があったんです(笑)。ある日、先輩の石井という区会議員に道でバッタリ会い、長話になり、12時前になった。その先輩議員が「お茶でも飲んで話そうか」と言うから、その人のなじみの店に入ったところ、豪華なお昼ごはんが出てきました。まあ、当時の松下さんにとっては、豪華だったんでしょうね(笑)。

先輩議員はさっさと食べる中、松下さんは膝の上に手を置いて、じっと出された食事を見つめている。「おい、松下君、なぜ食べないのか」と問うと、松下さんは「今は12時前で、店(会社)の者(従業員)たちは油や汗にまみれながら、作業している最中です。その店員たちの顔が浮かびましてね。その大将である私が、誘われたからと言って、お昼を食べていいのだろうか。そう考えると、店員たちに申し訳なくて、なかなか食べることができないんです」と言うわけです。

その人は感激して、後に松下電器に入社しました。松下さんという人は、いつもそのように、社員のことを考える人でしたね。社員のことをいろいろと配慮し、よく考えていました。


◎神聖な価格をどう決めるのか
――松下さんは本当に愛の深い方だったのですね。松下さんと言えば、「適正価格」を重視されました。

江:松下さんは、「これくらいの値段をつけたら、儲かる」という考え方はしませんね。「売れるか、売れないか」より、「この製品の適正価格はどのあたりか」を考えます。基本的に「原価を積み重ね、10%の利益を確保する」というのが適正価格でした。

しかし原価を積み重ね、10%の利益を上乗せして、110円になったとしても、では、110円でお客さんが買ってくれるかは別問題です。そこで松下さんは社員に意見を聞く。時には、周囲の人に尋ねるわけです。家電関係の会社でしたから、女子社員に聞くことが多かったと思います。試作品を見せて、「あんたならいくらだったら、買うてくれるかな」という質問を、お茶を持ってくる女子社員に度々していたのを、よく覚えています。

例えば、事業部長が定価110円と想定している製品も、女子社員が「80円でしょうか」と言ったら、松下さんは事業部長や技術者に、「品質を落とさず、定価80円で売れる製品をゼロから考えてみてくれや」と言うわけです。つまり、「原価を積み上げて利益が10%だから、110円」というだけでなく、「いくらなら買うか」を一般の人たちに聞いて、それで決めた価格は、神聖なものという考え方です。

――松下さんは細かいところまで配慮されていたのですね。江口さんはご著書『凡々たる非凡─松下幸之助とは何か』の中で、「松下幸之助さんは小さいことにもとても細かかった」というエピソードを記しておられます。

江:23年間、松下さんと一緒に過ごしましたが、最初の3年間くらいは、「この人、なぜこんなに細かいことを言うのだろう」と思っていました(笑)。しかし何年か経ち、細かいことに気を配る、配慮する、気を遣うことで、製品や商品の細かいところに目が行き届き、人に対する配慮にもつながることが分かりました。

松下さんは、どのお客様に対しても、まあ、誠実そのものでしたね。どのような人が訪ねてきても、差別するとか、区別するとかをしない人でした。例えば、地方紙の30代の記者に対しても、全国五大紙の50代の局長クラスの人たちと同じく丁寧に話をしていました。若い記者が帰る時も、よく外まで出てきちんと見送っていました。

私は、あらゆる人を見る時、常に松下さんと比較してしまいます(笑)。それが良いのか悪いのか分かりませんが、大抵は、……いや、これは言わないでおきましょう(笑)。また、"松下幸之助物差し"を使うと、「この会社はうまくいく」とか、「間もなく潰れる」なども7~8割当たります(笑)。


◎「だめな会社」の見分け方
――社長を見て分かるのですか。それとも会社の中を見て分かるのでしょうか。

江:玄関で分かるのと、受付で分かるのと、廊下を歩いていて分かるのと、社長に会って分かるのと、いろいろありますね。

例えば中小企業の中には、お天気なのに、傘が乱暴に差し込まれた傘立てを玄関に置きっぱなしにして、片付けないところがあります。廊下の隅に、ほこりがあるところもあります。受付の女性が訪問先の部署に電話するだけで、こちらには「連絡しました。何分くらいで、すぐ参ります」とも言わず、20~30分も待たせるところもあります。

「細かいことを大事にせよ」と、松下さんから教えられていましたからね。そうか、玄関も乱雑、ゴミもほったらかし、訪問客への配慮もないということで、この会社の製品とか商品は、細部まで目を行き届かせていないのだろうな、ということが分かる。

部長などに案内されながら廊下を歩いても、すれ違う会社の社員が、お辞儀もせず、目礼もしないどころか、目をそらすことになると、「会社の雰囲気がとげとげしいな。こういう会社は、風通しが悪いのかな」と思います。

応接間に通されて、秘書がお茶を持ってくる時も、私が主客なのに、自社の社長に先に出したり、お盆を片手に持ったまま、お茶を配ったりすることがあります。お盆をしかるべきところに置いて、お茶碗を一つずつ配るべきでしょう。喫茶店じゃないんですから(笑)。「細かい配慮を指導しない、だらしのない会社ではないか。ここと取引して大丈夫か」と思いますよ。皆さんも、そう思うでしょう、きっと。

ある時、赤坂のビルに入っていたIT会社の社長を訪問した時、社長が、私に丁寧に「わざわざおいで頂き、申し訳ございません」と言ったまでは良かったのですが、男性秘書を呼びつけて、まあ激しい言葉遣いと言うか、罵倒するような言い方で、「オレが指示したように、オマエ、まだ、連絡していなかったのか」と怒鳴る。その秘書は直立不動で顔色は青くなり、手先が震えていたので、私が「まあまあ」と言って、その場をとりなしたことがあります。

このように、「恐怖政治」を社内に敷くような社長のようでしたので、そのビルを出た時に、一緒についてきた部下に、「この会社とあまり付き合わない方がいいよ。数年したら潰れるから」と言ったら、部下は「ええっ? 潰れますか? IT関係の会社ですから、これから伸びていくと思いますけど」と驚いていました。

しかし、案の定、その会社は3~4年後に潰れましたね、見事に(笑)。えっ? そりゃそうでしょう。トップが「恐怖政治」を敷いていたら、社員は物を言えず、会社の風通しが悪くなる。となれば、社内がよどむ。よどめば、潰れる。当たり前のこと。会社が上手くいくか、いかないか、松下さんの"物差し"を使えば、簡単に分かりますよ。(後編に続く)

【関連書籍】
幸福の科学出版 『ザ・リバティ』2020年9月号

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