ある日の週末

 

いつもの様に

じゅんの仕事が終わるのを待っていた

 

『どうも』

 

先に現れたのはじゅんではなく

にのだった

 

年上に対してこの挨拶はいかがなものかと思うが

 

これでも接する態度が

少しばかり温厚なものになったと

 

…思う

 

『どうも』

 

真似をして返事をすると

 

『じゅんくん…もう少しかかると思うよ』

『あ…そうなんだ』

 

急に頼まれたのか…

 

『気に入られちゃってんだよね…オーナーに』

『そう…』

 

それだけ言い残して帰ると思ったんだ

 

まぁ仕方ない…もう一本吸っておくか…

 

吸い込んだ苦味が口に広がり

吐き出した白い煙が空に昇っていく

 

立ち去ると思っていた奴は

隣で同じように煙が昇り

 

自分とは違う苦い香りを香らせている

 

『タバコ吸うんだ?』

『ええ…こう見えて成人してるんで』

 

『渋いの吸ってんな』

『そ?味なんて大して変わらないでしょ』

 

それから二人

どことなく見上げていた


不思議とこの無言の時間が

特段に嫌なわけでも無い

 

『暇なの?』

 

煙が目に染みたのか片目を細めながら

話しかけてきたのはにのだった

 

『ん…お陰様で忙しくはしてるけど?』

 

『そ…』

 

ふはは

俺の事には興味はないってか


ぱたぱたと足とがすると

じゅんが現れ

 

ほぼ同時に煙の元をもみ消した

 

『しょ…く…ごめ…』

『大丈夫だから…ほらちゃんと靴はいて』

『うん』

 

いつもじゅんは

靴につま先を突っ込んだだけで現れる

 

急いで来てくれた事が分かる仕草に

どうしても子ども扱いしてしまう

 

とんとんとやっと靴を完全に履いて

顔を上げると

 

『にの…一緒に待っててくれたの?』

『べつに…タバコ吸いたくなっただけだよ』

 

『ふふっありがと…』

 

『じゃあね…じゅんくん』

『うん…にの…』


じゅんにだけ

そういって優しく笑う


『きをつけてかえってね』

『俺は大丈夫だよ』

 

『うん』

 

ばいばい

と手を振り合う二人を微笑ましく見ていた

 

『いこっか』

『またせてごめんね?』

 

『きにするな…にのもいてくれたし』

 


幾度と同じ時間を繰り返し

 

少しずつにのとの距離も埋まっていく

 

話す時間も少ないし

だけど

ぽつりぽつりとじゅんの事を教えてくれる

 

バイトしたての頃

へんな輩に後をつけられて怖い思いをしたこと

 

たまたま通りかかったにのが助けた事

それから

マンションまで送っていること

 

また違う人に付きまとわれと聞いて

なるべく同じ時間にバイトをしている事

 

いつの夜だったか

そう教えてくれた

 

『にのって…じゅんの事どう思ってる?』

『どうって?』

 

ただの友達で

ここまでするだろうかと

 

『あ…いや…』

 

何でこんな風に聞いてしまったのか

にのの気持ちを聞いどうするつもりだったのか

 

わからないが

 

『心配しないで』


薄い唇は弧を描く


『しょうさんの気持ちとは違うから』

 

そう言い残して帰って行ったのを

今でも鮮明に覚えている

 

おれの…きもち…

 

そういえば初めてにのが

名前を呼んでくれたのもこの日だったな