翔side

 
それは
 
あまりにも突然だった

 
「ねっ…しょうくん」
 
家に帰ると洗濯物を取り出し
荷解きをしていた時だった
 
「ん?どうした?」
 
「お願いがあるの」
「お願い?」
 
そう言うと同じように床に座り
 
「うん…これ…」
 
そう差し出されたのは
どこにでも売っているノートで
 
「あっまだ開いちゃダメ」
 
それを受取りページを捲ろうとすると
白い手がそれを遮った
 
「あのねもし…ぼくの記憶が戻ったら…このノートみせて欲しいの」
「じゅん…」
 
記憶…?
 
じゅんからこの言葉を聞くのは
随分と久しぶりな事の気がする
 
 
このノートは
熱く甘い夜を過ごした次の日
 
俺の帰りを待って
食材を買いに行った時買ってきたのだと
 
教えてくれた
 
「記憶が無くなってから今までの…しょうくんと過ごした時間覚えてるの全部書いてたんだ」
 
だけど

いきなりそんな事言われても
思考が追い付かない
 
でも…
 
「今は恥ずかしいから…その時が来たら一緒に見て…?」
 
そうはにかみノートを胸に抱いた
その顔には悲しみは感じられない
 
「いつのまに?」
「うん…」
 
朝起きた時
夜中に目が覚めてしまった時
 
別々の仕事の時
 
ホテルで一人寝る前
 
これまでの日々を思い出し
書き記してきたんだと…
 
「しょうくん覚えててくれるって言ったけど出来るなら…自分でも覚えておきたかったから」
「…いつの間に全然知らなかった…」
 
「…今までの事忘れてしまっても…自分の書いた字は忘れないと思うから…だから…」

それがじゅんの望みなら…

「あぁ…その時が来たら俺にも見せて?」
 
うふふっと笑って
頷いた
 
その時が…
 
来て欲しい気もするが
 
穏やかな時間に
慣れ過ぎてしまった俺は
 
大切そうにノートを抱えるじゅんを
見つめる事しか出来なかった