大人の童話(追われる男1)
俺は存在が薄いサラリーマンだ。
対人関係が嫌いで社内でも一番地味な庶務課に属している。
社内ではネクラで通っている二七歳の男性だ。
女性に話しかけられるだけで顔が真っ赤になるほど。
当然、彼女なんて出来る訳がない。
結構ハンサムだと思うが、女性から逃げているのかも知れない。
空手は多少心得ているようだ。
唯一の趣味になっているのだが、道場には行っていない。
いつからか、わからないけれど自然に身体が動くのだ。
公園で一人で練習するだけでもストレス発散にはなっている。
だから試合には出た事がないはずだ。
英語や他の語学も話せる。
ある時外国のお客が来た時にしゃべっているのが全てわかった。
当然、対人関係が出来ないので話さなかったが不思議だった。
いつから、この会社にいるのか分からない。
それでも、言われた仕事だけやれば良いので、今の俺には天国のような会社だ。
体格も空手をやっているせいで人より優れている。
身長も一八五はある。
もてる筈なのだが暗いので、誰も相手にしてくれない。
会社の往復と空手の練習に明け暮れる毎日だった。
そんな俺が事件に巻き込まれて、逃げる羽目になった。
いつものように会社へ行く時だ。
地下鉄の車内で、絶世の美女に声を掛けられたのが間違いの元だった。
「すいません、このコンパクトと携帯預かっていただけます」
俺はビックリした。
まさか俺に話しかけているとは思わなかったからだ。
その時には背広のポケットに、コンパクトと携帯電話が滑り込んでいたのだ。
話そうとするのだが声が出ない。
電車が駅に着いた。
扉が開いた途端彼女が叫んだ。
「きゃあ、痴漢」
俺は咄嗟に扉から出て逃げ出したのだが、何故逃げ出したのかも分からない。
気が付いた時は地上に出ていて、近くに公園がある。
分からないまま公園のベンチに座る。
見たこともない公園だ。
時計を見ると三〇分以上たっている。
無我夢中で走り回ったらしい。
会社は始まっている。
今まで無遅刻無欠勤だったが行く気にはなれない。
自分の携帯で会社へ電話した。
「風邪で休みます」
明日に続く(明日がいつなのかな)