今日は駒場初の発災型防災訓練が開催された。        
 
なんと主催者合わせて210名が集まった。200名を越えたのは、駒場町会で2回目。

今回の内容は今までの中で、一番中身が濃かったと思う。

やはり、1時間目は阪神淡路大震災に学び、2時間目は東日本大震災に学び、3時間目の授業が控えているので、防災に対する住民意識が向上したためだと思う。

今回の町内訓練は、松本防災部長の綿密な計画、指揮のもと、昨年度早々から計画立案されてきたものだが、3度雨で流れて、4度目の正直でようやく日の目をみたものだった。

雨で流れた時も、高齢の防災部男性部員は毎回材木や土嚢の準備、撤去を繰り返していた。大変だったとねぎらう気持ちでいっぱいだが、毎回防災倉庫を開け、中身を出し入れする事になったので、これも大切な訓練だったと思う。世の中に無駄なことはひとつもないということだろう。

<font color="#0000FF">訓練のアラカルト


①負傷者救助訓練
三角巾の使用訓練をした後、町内3カ所で救助を待っている怪我人をストレッチャーやリヤカーで救援に向かい、救助所に運んだ。

②消火器設置場所探索
①と平行して、3チームに分かれて、指示された図面を元に町中の消火器設置場所を確認、位置を図示。

③倒壊家屋救出訓練
壊れた家屋の下敷きになっている人を想定して、材木の下に挟まったダミー人形を梃とジャッキを使って、救出する訓練。

④防災倉庫の中身の展示、説明

⑤消火器による消火訓練

⑥木綿で作る防災頭巾・段ボールと布ガムテープで作る簡易トイレの展示、説明

⑦スタンドパイプによる放水訓練

⑧給水施設、マンホール直結トイレなどの設備の説明


 以上2時間で完了


これだけの内容の訓練を開会、閉会の挨拶を含めて2時間で終えることができたことに驚いた。実は、時間がなくなったら、途中で終わりにする事になっていたのだ。



これから駒場は減災の町にシフトしていく必要があると思う。

駒場は目黒区の北の外れ、国道246と環状6号線に挟まれ、おそらく震災時は目黒区からの応援がなかなか来ないことが想定されている。

隣接する渋谷区、世田谷区から避難民が来る事も想定されている。

また東大教養学部、都立駒場高校、都立国際高校、目黒一中、日本工業大学付属中学校、高等学校、駒場小学校が地域内にあり、日中起る震災と夜間に起る震災とでは、想定準備が全く違う特殊な事情をかかえている。

それでまず住民の行政依存意識を換えて『まず自分達の命、自分の町は自分達で守る。』という自立意識を育てていかなくてはならないのである。

まずは火事を出さない事。
   家屋の耐震性を高める事。。。。。実はこれが一番有効だが、一番ハードルが高い。。。
   家具の固定をする事。
   一週間分の生活の備えをする事。
   飯よりウンコの意識をもつこと。



平成7年の駒場の大火で火事の恐ろしさは体験している。震災時は断水になる。今のままでは、延焼を食い止めることはなかなか難しいだろう。何しろ防災部員が高齢化しているからである。

これから地域消防力を高めていく為に、若い世代を巻き込んでいくことが大きな課題となる。

今回は40代の若いPTAのお母様達が多数参加して下さった。とっても若くてまぶしかった。
40代の世代に様々な情報を提供して、駒場の防災力を高めていけたら、どんなにか心強いことか・・・・
防災部の女性部員4名も防災部員になってはや10年の歳月が流れてしまった。平均年齢は60代後半。やはり次の世代を育てていかなくてはならない時期になっている。

駒場スマイルという防災部の外郭グループを作る事を提案してみようと思う。
そして駒場小学校と一中のPTAにもっと働きかけていきたいと思う。

『死傷者0、安心して楽しく安らかに住み続けられるわが町駒場』をゴール設定して、みんなで一歩ずつ前進していこうと思う。



この六年間、大きな病を抱えながら、渾身の力で駒場の防災力を高めて下さった松本部長が部長職を勇退される。本当に地域の為に有り難うございました。これからも良きアドヴァイザーとして、防災部の活動に関わって下さいね。