ホントに病院が嫌いで
歯医者も婦人科も大キライ


でもこの日が一番辛い病院だったのかもしれない


診察室の前で少し震えながら待っていて
一人診察室へ

先生は
「 検査結果だけど
      悪いやつだった 」



結果は
乳がん  ステージ3
リンパ節にも転移がある事がわかった


この時の先生の言葉を
あーーーーーやっぱりかーー
という気持ちで
すんなり受け入れてた気がする


これからの治療方法の説明で

先に
化学療法いわゆる抗がん剤を6回
そして手術
それからまた抗がん剤で
1年間の治療計画を聞きました


私は同じ病気の母親をサポートし
治療を見てきたから
抗がん剤だけはやりたくない
手術で全摘出でいいから
ダメですか?
治療を受けなかったら
どうなりますか?
と先生に質問した



なんで、何がイヤ?
と聞かれて
同じ病気母親を見てきたから、と。


先生は
昔と違っていい薬が出来て
問題にも対応できるようになってきた、と
おっしゃっていて
どうする?と







‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥オエー







健康なとき
仕事が嫌で
うまくいかないことがあったり
気分が落ち込むと
いつ死んでもいい、
消えてなくなりたい
なんていつも言っていた私なのに


先生に
治療を受けます、と
辛い毎日が来るのをわかっていて
生きることを選んだ

身体の一部が無くなったり
シンドイ治療をしても
この時は、生きたいって思ったのかな


今思えば、この時の気持ちを
思い出す事が出来ない


バタバタと
家族に治療方法を説明したい
一緒に聞いたほうがいい、と
日にちを決めたり
全身に転移がないか、PET検査もすると
予約取ったり
急に現実的になってきた




会社には
いつ言おう?退職したほうがいい?
友達には言うべき?
言った所で何になる?
同情されたくないし、可哀想って思われるのもイヤ
家族には一番言えない
母親には絶対に言えない



頭の中はグルグル



もう4月も終わる
世の中はゴールデンウィークだ


コロナも落ち着いてきて
声出しOKになったライブ
何年かぶりの楽しみにしてた
金爆ライブがすぐにある
一緒に参戦するお友達になんて言おう?



ゴールデンウィークが終わったら
抗がん剤投与、1回目

薬剤師さんは詳しく
薬の説明、副作用など説明してくれた
この時はよく理解してなかったけど
最後に
薬剤師さんが
ゴールデンウィーク楽しんで、と言ってくれた




先のことはわからない
今を生きるしかない
今を楽しもう










 




病気はなぜ今の私の所に来たんだろう
バチがあたったとか?
たぶん、そうだと思う
罪は罪だから、仕方がない

私は母親と同じ病気なり
どんな流れになるか
何年も前のことだけど
治療の流れはわかってるつもりだったけど
時は流れ
医療は進化してた







次の日、死刑宣告を受ける気持ちで
これからお世話になる病院へ一人向かって
母親の時に行った事があるから
紹介状を持って行く

初めてお世話なる先生に初対面
優しそうで安心した

また同じような検査をして
前より念入りに

そして、見たこともやったこともない
CT検査
MRI検査
など
もう思い出せない


いろいろ検査して思ったことが
私は怖がりで
狭い所はドキドキが止まらなくなり
緊張で動揺して震えが止まらなくなる
注射は毎回、血管がわからず苦戦する

看護師さんにも怖さと不安で
同じようなことばかり聞いてしまう
看護師さんも慣れっこかな
皆さんホントに心が優しいんだと思う
毎日大変そうだけど冷静に
お仕事されてて感心します。








4月は何回も病院に行って
あんなに大好きで毎日飲んでた
ビールも全然飲まなくなった
飲めなかった

自分では覚悟してたはずでも
本当は心ザワザワしてたんでしょうね

検査で一番怖かった
針をさして細胞を取る検査
それだけのことなのに
先生に、痛いですか?と聞いたり
目を強く閉じて頭真っ白で
気絶したみたいになり
目を開けたら先生や看護師さんたちが
みんな顔を覗いてた

いろんな検査をまたやるってなったら
また出来るか自信がない。




そして、1週間後
検査結果を聞きに行く。












私が病気だと判明して
もうすぐ1年になろうしてる

健康診断の結果でもわかっていたし
母親と同じ病気になる可能性も高かったから
覚悟は出来てた
けど
いつ病院に行こう、
お仕事の仲間たちに迷惑がかかる

そんなことを考えていたら
病院に行くのに
1年もかかってしまった


お休みします、と言えず
突然の病院に行きますと
周りを驚かせてしまい
もう迷惑かけてしまいました。




4月
やっと病院の予約が取れて
重い気持ちで検査が始まった

検査のあと、先生は申し訳なさそうに
大きい病院を紹介するので
細胞を取って検査したほうがいい、と。
紹介状を持って
大きい病院へ行ったほうがいいと思ってたから
びっくりはしなかった
なぜなら
検査の時には、出血してたから
いよいよ闘病生活の始まりだった。



でもここで一番の悩みは
周りの人に病気のことを
どこまで言うのか?
周りの大切な人たちだからこそ
言いたくない
言えないなぁ
どうしよう


でも一番最初に伝えたのは
この先 一番お世話になる
一番大切な人でした
まだこの時は
疑い、だったから
サラッと言ったつもりだったけど
涙がとまらなくなった


次の日には長い付き合いになる
母親と同じ病院で予約が取れて
行くことに



そこから病院嫌いな私のビビリの
検査との闘いが始まりました




こんな闘病生活日記を書いて
何になるんだろうって思う
誰が興味あるの?
遺書になったら笑えないね

病気になって
いろんなこと考えた
未だに答えはない
病気になったこと後悔はないけど
いつか人は永遠じゃなくなるから


少しずつ
気持ちを整理するように
ここに闘病生活日記書いてみようと思う