塩浜修著「小説で学ぶ逮捕・勾留・取り調べ」第2話の5 TPPと児童ポルノ5 「ついに来た!」 | アトラス塩浜のブログ

塩浜修著「小説で学ぶ逮捕・勾留・取り調べ」第2話の5 TPPと児童ポルノ5 「ついに来た!」

塩浜修著 「小説で学ぶ逮捕・勾留・取り調べ」 第2話の5 TPPと児童ポルノ禁止法・山田編・5 「ついに来た!」

<前回のあらすじ>
「TPPに反対する若者たちの会」の山田副会長は、TPPの問題点が載っている雑誌を買ってみんなに勧めたりプレゼントしたりしたが、同じ雑誌の別のページで16歳のモデルが小さい水着を着ていることが児童ポルノ法に違反しているとして取り調べを受けた。

「TPPに反対する若者たちの会」の亀田静子会長(県議会議員)と「共謀した」という形に無理やり持ち込もうとしている警察。山田がその点を否認し続けていると、取り調べではどうでも良いことばかり聞かれ続け、1か月にも及んだ。

<今回のスタート>
とある金曜日、いきなり佐藤巡査部長が言った。
「山田さんが使っているパソコンを任意提出してくれないかなあ」
もっと自然な流れならわかるが、あまりに唐突である。

実は最初の取り調べで、上沢がパソコンを見たい旨は言っていた。その時は応じるつもりだった。

だが、これだけ長い間取り調べが続き、先方は段々ネタ切れなのか、同じことを繰り返したり、くだらないことを聞くことが多くなっている。

何しろ、電話の通話記録を基に、「この時は何を話したか」などと一々確かめてくるのである。ここでパソコンなど見せたら、またどうでも良い話を見つけて長々聞くのだろう。もういいかげんにしてほしい。

また、目の前で必要な所をプリントアウトするならまだしも、パソコンごと提出したら仕事に差し支える。こちらも、会員とのメールのやり取りなどは、プリントアウトして持ち歩き、求められたら提出するつもりだった。

取り調べの初めの頃はまちがいなく持ち歩いていたのに、その後その話が出ずに1か月近くたったものだから、こういう時に限って、カバンをガサガサ探しても見つからなかった。

素直にパソコンを提出した方が良いのか。そんなことするとますます長くなるのか。弁護士の判断がほしかった。

「弁護士さんに聞いてみます」
「なぜ聞くんだ。あなたの問題じゃないか。」
「いえ、弁護士さんの判断を聞きます」

なぜ、どうしてとやり取りしたら奴らのペースに巻き込まれる。こちらは弁護士さんの判断を聞くと言い張った。
弁護士は電話に出なかったので、留守電に残した。

佐藤巡査部長がいない時に竹田浩一刑事が言った。
「パソコンにエッチな写真でも入っていて、出したくないの?」
「ま、そんなところですかね。」

本当はそこが問題ではないのだが、そういう方がわかりやすいならそういうことにしておこうと思い、適当に合わせた。

「なんかね、せっかく誠実でまじめな山田さんが、そんなことでパソコンを提出せずに印象を悪くするのがもったいないよねー」

彼は佐藤巡査部長がいなくなると友達っぽく話しかけてくる。彼は本来はこういう専門ではなく交通部にいるそうだ。畑の違う立場からの個人の見解か?それとも、友達っぽく話しかけて油断させ本音を聞き出す役なのか?

やがて留守電を聞いて弁護士事務所の若い小牧弁護士が電話してきた。
普通なら取り調べ中に電話させてはくれないのだが、今回は警察側としては弁護士と相談の上ででもパソコン提出してもらいたいので、佐藤巡査部長が電話に出ることを認めた。

「パソコンの提出ですか。そんなの必要ありません。いいですか、山田さん自身の容疑というのは山田さんが児童ポルノかも知れない雑誌を持っていること、同じ雑誌にお金を学生にプレゼントしたことだけなんですよ。それはもうとっくに山田さんも認めているじゃないですか。」

小牧弁護士が警察に対し、パソコン提出を断ってくれた。

「弁護士の判断はともかく、君はどうなんだ。これは君自身の問題だ」と佐藤巡査部長。
「私は弁護士さんの判断に従います」

「そうか。…そうなると別の方法を使わないといけないなあ」
と佐藤巡査部長がポツリとつぶやいた。

「別の方法」とは捜査令状とか押収令状のことだろうと思った。令状をとって、正式に部屋に踏み込むということか。

例によってまた細かいことを長々聞いて、例によってそれを調書にまとめないというパターンの取り調べを行い、もう一度佐藤巡査部長が言った。

「 パソコンの提出、もう一度考えてくれないか。あなたは別に人を殴ったとか、盗んだとか、そういう容疑がかかっているわけではない。TPPがどういう影響をもたらすか、私にはまだよくわからないけれど、あなたはあなたなりに日本のことを真剣に心配して今度の行動を行ったんだと思っている。そういうあなたの良さがよくわかっているから、私は今まで、普通の容疑者には対するのとは異なり、それなりにあなたを尊重する態度で接してきたつもりだ。そのあたりは伝わっているよね。」
「はい。」

「ところが、あなたは、ここまでパソコンの提出を拒んでくる。こうなると、・・・」

佐藤巡査部長は一度言葉を切り、強い視線で山田を見つめて言った。
「もしかしたら、ぼくはあなたに対する見方というものを変えなければいけないのかなあ」

これには、山田も大きく揺らいだ。
確かに、山田自身、1人のまじめな政治運動家として尊重する態度で接してもらっていたという意識はある。パソコンの提出1つ拒んだがために、これまでと急にこの関係が変わってしまうというのは怖い。

しかし、ここが勝負どころのような気もした。

上沢による最初の取り調べの時だって、
「せっかくの良好な関係を、調書のたった1か所を理由に壊したくはない」
などと思って妥協してサインし、後で涙を流すほど悔やんだではないか。

それにしても、この硬軟取り混ぜた追い込み方はすごい。これでは、普通の人間は任意であるのも関わらず応じてしまうのだろう。

もう山田自身も折れてしまいそうだったが、必死にこれだけ言った。
「とにかく、弁護士さんの判断に従います。先ほどは若い弁護士さんでしたので、代表の弁護士さんにも今日会ってよく話し合ってみます」

その晩、代表の剛田弁護士に会った。

「山田さん、あなたは目の前の相手との関係にとらわれる傾向があるが、目の前の彼らが逮捕するとか、起訴するとか決めるわけじゃないんだ。
この人を怒らせたら逮捕されるとかそういうことではなくて、書類を見てこれだけで逮捕できるかどうか、起訴できるかどうか、それを考える人が上に別にいる。
雑誌の一部に16歳のモデルがいたことだけで逮捕や起訴ができるか、向こうができると思ってしまったら、こちらは腹をくくるしかないし、これだけで逮捕・起訴はできないと思ったらさらに材料を集めるか、あきらめるかだ。
少なくともパソコンを提出することは向こうが無理やり材料を増やす手助けをするだけだ。
目の前の相手に気に入られたら逮捕されないとか、そういうことはない」

納得した。
剛田弁護士は、佐藤巡査部長らの上司にあたる乙川に直接電話した。山田は横で聞いていた。

パソコン提出について改めて断った後、剛田はさらに加えた。

「それからですね、任意での取り調べが既にほぼ連日、1か月にも及んでますね。これは問題ですよ。どういうことですか。」

乙川の答えは山田には聞こえないが、次の剛田の言い方から内容はおおよそ想像できた。
「だから、そうやって無理やり合わせようとするから、日本の警察の取り調べはおかしくなってるんじゃないですか!いい加減まとめてくれませんか。」

恐らく、山田の証言と他の人の証言が一致しないと乙川は言ったのであろう。



次の土曜・日曜は取り調べがなく、職場に行って、たまっていた仕事をかなり片づけた。次の取り調べは月曜日。パソコン提出を金曜日に断ったことで、今度はどんな手に出てくるかと心配しつつ、警察署に向かった。

いつものように取り調べが進んだが、やがて取調室の入口に刑事が来て、佐藤巡査部長が出たり入ったりした。


そして、午後3時ごろ、佐藤巡査部長が言った。
「落ち着いて聞いてくれな、落ち着いて聞いてくれな、・・・・君に逮捕状が出た。」

そういって大きな封筒から逮捕令状を出した。

 えー!!そんなあー!
 逮捕と言えば、ある朝、警官がドアをガンガン叩くとか、逃亡していた犯人がついに見つかったとか、そういう時にやるものではないのか。1か月間、自ら出向いて取り調べに協力しているではないか。任意の取り調べの途中で急にこんな風に逮捕されるとは思わなかった。
(つづく)