塩浜修著「小説で学ぶ逮捕・取り調べ」第2話の4 TPPと児童ポルノ4「1か月もの取り調べ
塩浜修著 「小説で学ぶ逮捕・勾留・取り調べ」 第2話の4 TPPと児童ポルノ禁止法・山田編・4 「1か月もの取り調べ」
<前回のあらすじ>
「TPPに反対する若者たちの会」の山田副会長は、TPPの問題点が載っている雑誌を買ってみんなに勧めたりプレゼントしたりしたが、同じ雑誌の別のページで16歳のモデルが小さい水着を着ていることが児童ポルノ法に違反しているとして取り調べを受けた。
「TPPに反対する若者たちの会」の亀田静子会長(県議会議員)と「共謀した」という形に無理やり持ち込もうとしている警察に対し、山田は弁護士を雇って対応。さらに上沢巡査部長がTPP反対の議員情報を求めてきたことから、山田は上沢を公安警察であり、自分をスパイにしようとしていると考えた。
<今回のスタート>
上沢がプライベートで飲みに誘ってきたことにつき、弁護士名で警察署長に抗議書を送った。
次の取り調べで、乙川という上司が現れ、
「今日から担当者が代わったから。こちらが今日から担当の佐藤栄三巡査部長。」
と新しい担当を紹介した。
「上沢さんは、私をプライベートで飲みに誘ってきたことや、担当が外れたことについて何か言っていましたか?」
山田がそう聞くと
「いや、もともと彼はここの人じゃないから」と乙川は言ってそれ以上そのことに触れなかった。
「多少前と重複することがあるかもしれませんが、そこはお許し下さい」
などと佐藤巡査部長が言葉・休憩その他、上沢とはうってかわって丁寧なので驚いた。
以前はマル暴をやっていたそうだ。横に座っているのは、竹田浩一刑事。「暑いですねえ」などかなり気さくな話し方をする。
佐藤栄三と言えば、弁護士から上沢に抗議の電話を入れた時に出てきて、中々名前を言わなかった人物だ。山田はそのやり取りを横で聞いていたのだが、そこは言わないでおいた。
「今度担当が佐藤栄三という人になって、すごく対応は丁寧になった」と弁護士に報告した。
永年警察の不当な取り調べに対して戦ってきた剛田弁護士が事務所代表、その事務所でともに行動する若い小牧弁護士がいる。
前者が動いた時には1時間2万7000円、後者が動いた時には1時間1万6000円かかる。これでは1か月で数十万円の出費になると予想されたが、山田は悪魔のような警察の手口を体験し、出費は覚悟していた。
小牧弁護士は、
「対応が丁寧か、言葉遣いがどうかなんて関係ないですよ。彼らがどういう調書を用意してくるのか、そっちを見てください。向こうの狙いは全く変わっていないんです」
熱く力説する小牧の横で、年齢の割に筋骨質の剛田弁護士は静かに言った。
「警察なんか、絶対信用しちゃだめですよ。あちらがいい人に見えてきたら、自分が洗脳されかけていると自分に言い聞かせて気を取り直してください。長く取り調べを受けていると、あちらがいい人で、弁護士が邪魔者に見えてきたりするんです。」
佐藤栄三巡査部長は、当日の朝起きたところから、何でも事細かに聞いてくるのが特徴だった。
NTTから通話記録を取り寄せているらしく、「この時の電話では何を話したのか」「この日のこの時間の電話では何を話したのか」といちいち確かめてくる。
こちらは雑誌を持っていること、その雑誌にたまたま16歳のモデルが小さい水着を着ているページがあったことは認めている。後はその程度で児童ポルノ禁止法に本当に触れるのかどうかがポイントだと思うのだが、犯罪の成立・不成立と直接関係ないことまであれこれ聞かれるのが面倒くさい。
特に、どの時間帯の電話で何を話したかなど、正直いちいち覚えていない。
「雑誌を買ったお金の出どころは」ということもしつこく聞かれた。
出どころも何も、マンションでも買ったならともかく、雑誌を買った金の出どころもないものだ。
当然自分の財布から出したのだと言えば、今度は「前の週の金曜日にお金を卸しているが、ここから出したのか」と言う。
どうやら銀行とのお金の出し入れの記録もつかんでいるようだ。
NTTにしても銀行にしても、こちらの言い分も聞かずに「犯罪捜査の必要がある」の一言くらいで個人のプライバシーをすぐ警察に伝えるのはやめてほしいものである。警察が犯罪捜査に見せかけて個人情報を売って小遣い稼ぎしていたらどうするのだ。(というか、どうせやっている)
お金に印をつけているわけじゃあるまいし、雑誌程度のお金について、この時に卸した金かどうかと言われても答えようがない。金曜に、土・日を乗り切れるようにお金をおろすのはよくあることだ。
いろいろ聞かれる割に、調書を作らずに終わることが多かった。
毎回何時から何時に取り調べを受け、調書が何枚あったか山田は弁護士に報告していた。
「本当は毎回必ず調書を作る義務があるんですよ。取り調べておいてその記録を作らないこと自体違法なんです」と小牧弁護士。
(読者諸君 「おまえがやったんだろう!」と机を叩いて事件のポイントそのものを問い詰めるシーンを想像するかも知れないが、私の小説の方が綿密な取材に基づき現実の取り調べに近い。本当はこの調子でどうでも良いことを半月くらい聞く様子を延々と描写し、リアルな取り調べについて知っていただきたいが、さすがにそれでは飽きられると思うので途中を素っ飛ばす。 作者より)
この後も亀田会長と最初にいつどこでどう出会ったかとか、
雑誌をプレゼントしてあげた学生とは最初にいつどこでどう出会ったかとか、
2人に恋愛感情はあったかとか、食事に誘ったり飲みに誘ったりしていないのかとか、
肉体関係を持ったことはないかなど、
男女が出てきたらそういうことしか思い浮かばないのかと、警察の思考の貧困さにあきれるばかりだった。
ある日は「着エロはなぜ着エロというのだろう」とか
「なぜ今どきスイカではなくて磁気カードの定期券なのか」、とどうでも良いことを聞かれた。
こうやって疲れさせて、不当な調書にサインをさせるという作戦なのか。それとも、担当が聞くことがなくなって暇つぶしをし、「今日もこれだけ働いた」と言っているのか。
普通の調書とは別に「シンジョウ」という調書も作る。
シンジョウというから「信条か心情」だと思ったら「身上調書」の略。家族の1人1人の生年月日や職業、自分の小・中・高・大学の入学・卒業年次。入学・卒業を一々計算するのが面倒臭い。おまけに途中で昭和から平成に入れ替わるので計算が厄介だ。こちらは留年も浪人もしてないので、生年月日からそっちで計算して欲しい、と山田は思った。
収入源はまだしも、主な支出まで詳しく書かされた。
今回の犯罪?と何の関係があるのだ。
調書によると、山田は兎の飼育に月10万円払っていることになっていた。(そんなバカな)と思ったが、こっちも普段考えていないことだし、どうせ犯罪の成否に関係ない部分だと思ったので一々逆らわなかった。ただ「いくら何でもそんなには使っていないと思う」と言ったら、奴らに言わせると、収入から住居費、光熱費、食糧などを引くとこれくらいになると言う。後にゆっくり考えたら、携帯電話代が入ってないなど、どう考えても計算が間違っていた。
こんな調子で、本当にどうでも良いことばかり聞かれ、うんざりした。小牧弁護士からもベテランの剛田弁護士からも「そろそろ終わるんじゃないか」「次回で終わりだろう」と言われて1か月。
「なんで終わらないんですかねえ。もう疲れました。職場の皆さんにも迷惑かかってますし」と山田が弱音を吐くと、若い小牧弁護士が言った。
「日数がかかっているのは、山田さんが本当のことを話しているからだと思いますよ。亀田会長も、他の会員も、山田さんがやられたのと同じことをされて、真実に反する調書にサインさせられたんでしょう。多分、山田さんの調書も勝手にもう作られていて、それと同じことを証言してくれないんで向こうも困っているんじゃないですか」
剛田弁護士が加えた。
「小牧君が言ったように、もう山田さん以外はみんな警察が勝手なことを書いた調書を認めてしまったんだと思う。今、全員の運命が山田さんの肩にかかっている。あなたが最後の砦だと思って頑張ってほしい」
全員の運命が自分の肩にかかっている。自分が最後の砦だ・・・これは励みになった。
1か月もの取り調べに疲れていた山田だったが、勇気を持って悪魔たちと戦おうと改めて思った。
(つづく)
<前回のあらすじ>
「TPPに反対する若者たちの会」の山田副会長は、TPPの問題点が載っている雑誌を買ってみんなに勧めたりプレゼントしたりしたが、同じ雑誌の別のページで16歳のモデルが小さい水着を着ていることが児童ポルノ法に違反しているとして取り調べを受けた。
「TPPに反対する若者たちの会」の亀田静子会長(県議会議員)と「共謀した」という形に無理やり持ち込もうとしている警察に対し、山田は弁護士を雇って対応。さらに上沢巡査部長がTPP反対の議員情報を求めてきたことから、山田は上沢を公安警察であり、自分をスパイにしようとしていると考えた。
<今回のスタート>
上沢がプライベートで飲みに誘ってきたことにつき、弁護士名で警察署長に抗議書を送った。
次の取り調べで、乙川という上司が現れ、
「今日から担当者が代わったから。こちらが今日から担当の佐藤栄三巡査部長。」
と新しい担当を紹介した。
「上沢さんは、私をプライベートで飲みに誘ってきたことや、担当が外れたことについて何か言っていましたか?」
山田がそう聞くと
「いや、もともと彼はここの人じゃないから」と乙川は言ってそれ以上そのことに触れなかった。
「多少前と重複することがあるかもしれませんが、そこはお許し下さい」
などと佐藤巡査部長が言葉・休憩その他、上沢とはうってかわって丁寧なので驚いた。
以前はマル暴をやっていたそうだ。横に座っているのは、竹田浩一刑事。「暑いですねえ」などかなり気さくな話し方をする。
佐藤栄三と言えば、弁護士から上沢に抗議の電話を入れた時に出てきて、中々名前を言わなかった人物だ。山田はそのやり取りを横で聞いていたのだが、そこは言わないでおいた。
「今度担当が佐藤栄三という人になって、すごく対応は丁寧になった」と弁護士に報告した。
永年警察の不当な取り調べに対して戦ってきた剛田弁護士が事務所代表、その事務所でともに行動する若い小牧弁護士がいる。
前者が動いた時には1時間2万7000円、後者が動いた時には1時間1万6000円かかる。これでは1か月で数十万円の出費になると予想されたが、山田は悪魔のような警察の手口を体験し、出費は覚悟していた。
小牧弁護士は、
「対応が丁寧か、言葉遣いがどうかなんて関係ないですよ。彼らがどういう調書を用意してくるのか、そっちを見てください。向こうの狙いは全く変わっていないんです」
熱く力説する小牧の横で、年齢の割に筋骨質の剛田弁護士は静かに言った。
「警察なんか、絶対信用しちゃだめですよ。あちらがいい人に見えてきたら、自分が洗脳されかけていると自分に言い聞かせて気を取り直してください。長く取り調べを受けていると、あちらがいい人で、弁護士が邪魔者に見えてきたりするんです。」
佐藤栄三巡査部長は、当日の朝起きたところから、何でも事細かに聞いてくるのが特徴だった。
NTTから通話記録を取り寄せているらしく、「この時の電話では何を話したのか」「この日のこの時間の電話では何を話したのか」といちいち確かめてくる。
こちらは雑誌を持っていること、その雑誌にたまたま16歳のモデルが小さい水着を着ているページがあったことは認めている。後はその程度で児童ポルノ禁止法に本当に触れるのかどうかがポイントだと思うのだが、犯罪の成立・不成立と直接関係ないことまであれこれ聞かれるのが面倒くさい。
特に、どの時間帯の電話で何を話したかなど、正直いちいち覚えていない。
「雑誌を買ったお金の出どころは」ということもしつこく聞かれた。
出どころも何も、マンションでも買ったならともかく、雑誌を買った金の出どころもないものだ。
当然自分の財布から出したのだと言えば、今度は「前の週の金曜日にお金を卸しているが、ここから出したのか」と言う。
どうやら銀行とのお金の出し入れの記録もつかんでいるようだ。
NTTにしても銀行にしても、こちらの言い分も聞かずに「犯罪捜査の必要がある」の一言くらいで個人のプライバシーをすぐ警察に伝えるのはやめてほしいものである。警察が犯罪捜査に見せかけて個人情報を売って小遣い稼ぎしていたらどうするのだ。(というか、どうせやっている)
お金に印をつけているわけじゃあるまいし、雑誌程度のお金について、この時に卸した金かどうかと言われても答えようがない。金曜に、土・日を乗り切れるようにお金をおろすのはよくあることだ。
いろいろ聞かれる割に、調書を作らずに終わることが多かった。
毎回何時から何時に取り調べを受け、調書が何枚あったか山田は弁護士に報告していた。
「本当は毎回必ず調書を作る義務があるんですよ。取り調べておいてその記録を作らないこと自体違法なんです」と小牧弁護士。
(読者諸君 「おまえがやったんだろう!」と机を叩いて事件のポイントそのものを問い詰めるシーンを想像するかも知れないが、私の小説の方が綿密な取材に基づき現実の取り調べに近い。本当はこの調子でどうでも良いことを半月くらい聞く様子を延々と描写し、リアルな取り調べについて知っていただきたいが、さすがにそれでは飽きられると思うので途中を素っ飛ばす。 作者より)
この後も亀田会長と最初にいつどこでどう出会ったかとか、
雑誌をプレゼントしてあげた学生とは最初にいつどこでどう出会ったかとか、
2人に恋愛感情はあったかとか、食事に誘ったり飲みに誘ったりしていないのかとか、
肉体関係を持ったことはないかなど、
男女が出てきたらそういうことしか思い浮かばないのかと、警察の思考の貧困さにあきれるばかりだった。
ある日は「着エロはなぜ着エロというのだろう」とか
「なぜ今どきスイカではなくて磁気カードの定期券なのか」、とどうでも良いことを聞かれた。
こうやって疲れさせて、不当な調書にサインをさせるという作戦なのか。それとも、担当が聞くことがなくなって暇つぶしをし、「今日もこれだけ働いた」と言っているのか。
普通の調書とは別に「シンジョウ」という調書も作る。
シンジョウというから「信条か心情」だと思ったら「身上調書」の略。家族の1人1人の生年月日や職業、自分の小・中・高・大学の入学・卒業年次。入学・卒業を一々計算するのが面倒臭い。おまけに途中で昭和から平成に入れ替わるので計算が厄介だ。こちらは留年も浪人もしてないので、生年月日からそっちで計算して欲しい、と山田は思った。
収入源はまだしも、主な支出まで詳しく書かされた。
今回の犯罪?と何の関係があるのだ。
調書によると、山田は兎の飼育に月10万円払っていることになっていた。(そんなバカな)と思ったが、こっちも普段考えていないことだし、どうせ犯罪の成否に関係ない部分だと思ったので一々逆らわなかった。ただ「いくら何でもそんなには使っていないと思う」と言ったら、奴らに言わせると、収入から住居費、光熱費、食糧などを引くとこれくらいになると言う。後にゆっくり考えたら、携帯電話代が入ってないなど、どう考えても計算が間違っていた。
こんな調子で、本当にどうでも良いことばかり聞かれ、うんざりした。小牧弁護士からもベテランの剛田弁護士からも「そろそろ終わるんじゃないか」「次回で終わりだろう」と言われて1か月。
「なんで終わらないんですかねえ。もう疲れました。職場の皆さんにも迷惑かかってますし」と山田が弱音を吐くと、若い小牧弁護士が言った。
「日数がかかっているのは、山田さんが本当のことを話しているからだと思いますよ。亀田会長も、他の会員も、山田さんがやられたのと同じことをされて、真実に反する調書にサインさせられたんでしょう。多分、山田さんの調書も勝手にもう作られていて、それと同じことを証言してくれないんで向こうも困っているんじゃないですか」
剛田弁護士が加えた。
「小牧君が言ったように、もう山田さん以外はみんな警察が勝手なことを書いた調書を認めてしまったんだと思う。今、全員の運命が山田さんの肩にかかっている。あなたが最後の砦だと思って頑張ってほしい」
全員の運命が自分の肩にかかっている。自分が最後の砦だ・・・これは励みになった。
1か月もの取り調べに疲れていた山田だったが、勇気を持って悪魔たちと戦おうと改めて思った。
(つづく)