やっていない人が自白する恐怖
人は間違える。警察も間違える。
そこまでは良い。私も間違える。
今回はパソコンの遠隔操作というテクニックを用いており、間違えるのはごもっともなのだ。
問題は間違えて大学生を疑ったことではない。
恐ろしいことに、やっていない人を自白に追い込んでいるのである。注目すべきはこちらだ。
私は毎年、塾の中学社会科の授業で司法・裁判所のあたりを教える時に
「皆さんは、うそをつく時に、自分に有利になるうそをつくか、それとも自分に不利になるうそをつくか」という問いを用いている。」
当然、人は自分に有利なうそをつく。
次に「犯罪をやった人が『やっていない』とうそをつくか、やっていない人が『やった』とうそをつくか」
ここで警察の恐ろしさを知らない人は、犯罪をやった人が「やっていない」と自分に有利なうそをつくことがあっても、やっていない人がわざわざ「やった」と自分に不利なうそをつくことは考えにくいのである。
読者の皆さんもそうではないだろうか。
ところが恐ろしいことに、警察の取り調べを受けてしまうと、やってもいない人が「やりました」と「自供」をし始めるのである。
講談社現代新書「冤罪と裁判」今村核著がおすすめだ。
特に49ページが恐ろしい。
元刑事が新聞記者に言う。
「被疑者をあてがわれれば、3人でも4人でも同じように自白させてみせるよ。(中略)何ならやってみるか。お前さんでもいいよ。(中略)3日あったら、お前に殺人を自白させてやるよ。3日目の夜、お前は、やってもいない殺人を、泣きながらオレに自白するよ。右の通り相違ありません、といって指印を押すよ」
この国の取り調べは被疑者を長く拘束し過ぎる。謝罪なんか何回しても、この部分を放置していれば、これからも何回も何回も無実の人が自供させられ、犯人に仕立てられるであろう。
今回の脅迫メール事件に戻れば、その大学生を逮捕する必要はあったのか?
逮捕というのは、刑罰ではない。
いざ刑事裁判の時に逃亡して出てこなくなりそうな場合とか、証拠隠滅の恐れがある場合だけ例外的に逮捕するのである。
脅迫メールの捜査ならば、パソコンを押収すれば十分ではないか。
ホリエもんや鈴木宗男や田中角栄がどうやって逃亡するのか。
裁判官も裁判官で、請求があるとすぐに逮捕や勾留の許可を出す。
もちろん、ホリエもんや鈴木宗男や田中角栄でも逃亡の可能性は0%ではない。
だが、刑事訴訟法に、0%ではないから「逃亡の恐れがある」があるとか、「罪証隠滅の恐れがある」と解釈するのでは、刑事訴訟法で逮捕の要件として「逃亡の恐れ」「罪証隠滅の恐れ」をわざわざ定めた意味がないではないか。
ある日、被疑者の家に逮捕状持った警官が乗り込んでくる・・・というのはドラマには多いが、通常は、任意の取り調べが先に行われる。
逃亡するなら、この時点で逃げる。
罪証隠滅なら、この時点で隠す。
任意取り調べに応じたものを「逃亡の恐れ」があるとか、「罪証隠滅の恐れ」があるとか言うなら、単に0%ではないと言うだけでなく、急に整形手術で顔を変え始めたとか、何らかの十分な理由を具体的につけるべきである。
さて、具体的な改革案に移ろう。
1 取り調べ手続きの録音・録画
捜査機関がこれに反対するのは、いろいろ理屈をこねているが、現在の取り調べにおいてやましいところだらけだからである。
反対論の1つとして、「録音・録画すると、被疑者が口ごもったりして、スムーズに自供しない」というものがある。
が、こんなのは簡単だ。被疑者側に選ばせれば良い。被疑者が録音・録画を望んでいるのに、警察側が厭だというなら、警察が密室でおかしなことをしようとしているからである。
なお、この被疑者の同意だが、原則は録音・録画が必要で、「それをしないでくれ」と被疑者側が言う場合、弁護士の立会いが必要であるとすべきである。
2 上の1について、任意取り調べの場合も含む。
3 逮捕許可・勾留許可にこそ一般市民による判定を
裁判員制度について賛否両論あるが、私は判決に市民が関わることよりも、逮捕や勾留の必要性があるかどうかに一般市民が関わるべきだと思う。
脅迫メール事件について、パソコンは押収するとして、逃亡の恐れがあるのか、パソコンを押収してもなお罪証隠滅の恐れがあるのか、この国の裁判官どもに判断させてもあてにならないので、一般市民のチェックを働かせるべきである。
(落ちて負け惜しみを言うわけではないが、なぜ憲法や刑事訴訟法を十分勉強して司法試験に合格した裁判官が、罪証隠滅の恐れや逃亡の恐れをろくにチェックせずにポンポコ逮捕許可、勾留許可を出すのか疑問である。あるいは、司法試験はこのあたりがわからない、捜査機関に都合が良い人を選んで合格させているのだろうか?)
4 勾留許可を4日刻み×3回に
本当はこれでも長いが、まあ現状よりマシにする改革案。
現在、逮捕されると3日以内に(詳しい場合分けは省略)10日の勾留請求がなされ、さらに10日の延長ができる。
身柄を拘束して23日間も取り調べるから、みんなやってもいないことを自白するのである。会社はどうなっているか、家族はどう思っているか、あるいは飼っている猫や犬はどうなっているか、気になるではないか。
うさぎは寂しいと死ぬというのは非科学的だが、23日も放置したら、うさぎさんが死んでしまうではないか。
自営業なんか、責任者が23日間も拘束されたらつぶれてしまう。私の塾だって、私が23日間も拘束されたら、つぶれる。
殺人とか、痴漢とか、遺失物横領とか、いろいろな犯罪があるのに、全部10日勾留、延長も10日とはどういうことか。
蓮ほう議員の真似をすれば、「本当に10日も必要なのでしょうか?4日じゃだめなんですか?」
ということで、原則4日勾留、必要があれば延長4日を2回まで(その都度許可が必要)。
5 罰金刑犯罪には勾留なし
やってない犯罪について、「やった」と認めたら、罰金で済み、否認していると、逮捕されたり勾留されたりするとしよう。(よくある話である。)
あなたならどうする。
やってないことをやったという屈辱はともかく、「名誉なんかどうでも良い。」「暇で時間はいっぱいあるが金はない。」という人は別として、普通の社会人は、そっと罰金払って終わりにした方が良いと思うのではないか。
逆に言ったら、罰金で済むような犯罪について、勾留を認めたら、上記のようにやっていない人がやったということにしてしまう危険性が大きい。
6 メディアは逮捕段階では実名を出すな
有罪判決が確定するまでは無罪の推定ということを知らないのだろうか。
メディアは「捜査方法に問題はなかったか」などと他人事のように言うのでなく、誤認逮捕の段階で実名を出したことを反省すべきである。