「童貞クイズ」ボツ記念 まぐわいをしない私 | アトラス塩浜のブログ

「童貞クイズ」ボツ記念 まぐわいをしない私

世界連邦運動の顧問、相馬雪香さんをしのぶ会に行ってきたので、そちらを書きたいのは山々だが、疲れているので、以前の作品の再放送。


昨年=2007年12月青木ドナウというテレビ番組で「童貞クイズ」をやるという企画があったが、ボツになった。
記念に、この問題について語ろう。

私は、まぐわいをしたことがない。
俗に言う性交のことを、日本古来のの表現で「まぐわい」と言う。セックスとも言うが、セックスとは単に性別のことも言い、たとえば、名前・住所などの記入欄にセックスとあったら、「なし」とか「週1回」とか書くのではなく、男性か女性かを書く。

私がまぐわいをしたことがないことには、(私の行動にはよくありがちのことだが)深い理由がある。その一部を語ろう。

かなり世の中変わってきて、アイドルが、男性関係をペラペラテレビで語るようになってきているが、それでもまだ女性については、「まぐわいをしたことがない」ということが、なお、「なんて今どき清純な人なのだ」と価値を評価される面が残っている。

しかし、男性についてはどうか。
「まぐわいをしたことがない」と言うと、「気持ち悪い」「そういう人に限って、いったん覚えたら、やみつきになりそう」「そういう人ってかえって怖い」「よほどもてなかったのか」というマイナス評価をされることが多い。
不平等だ。

また、「風俗営業でアルバイトしたことがある」、という女性は、悪口を言われるであろう。しかし、「風俗営業に行って性サービスを受けたことがある」という男性について、別に評価は下がらない。これも不平等だ。

ここからが私の変わった性格が出る部分だ。上記のような不平等を見ると、「ようし、世の中の多数派どもの偏見をぶち壊す捨て石になってやる」などと、つまらない考えを持ってしまうのである。

脱線するが、私は高校3年になるまで、旺文社の参考書を使わなかった。旺文社のCMで、頭の悪そうなタレントが参考書を薦めているのが不愉快だったからである。
しかし、旺文社の「傾向と対策」という参考書を使わないのは損だと思い直し、高校3年の夏から禁を破った。
また、ディズニーの「ライオンキング」が、日本の誇る手塚治虫先生の「ジャングル大帝」の盗作としか思えず、世界連邦の行事でイスラエルとパレスチナの子供をディズニーランドに連れていくときに、「他は協力するが、そこだけは行きたくない」と突っぱねた。
(イスラエルはともかく、パレスチナの子供が、あんなアメリカっぽいところに喜んでいくのも少々面食らった。)

何につけ、こういうくだらない意地をはるのが私の癖である。私がまぐわいをしないのは、個人的な趣味と挑戦であり、まぐわいをやりまくっている人を差別するつもりはない。清純派アイドルが実は毎晩いろいろな異性とまぐわいをやりまくっていたら、それを見事に隠して清純派を演じていることに感心する。

文春新書「日本の童貞」渋谷知美著 の26ページから32ページを立ち読みしてほしい。
1920年代のアンケートを例に、「童貞がカッコいい時代」があったことを描かれている。
「処女を望むならば男も童貞を守るべき」
「捧げる宝として自分の童貞を尊重するのである。自分自身も彼女の処女なる事を信じている。僕は今後いかなる事があっても童貞だけは必ず守る決心だ。実際夫は妻に貞操なることを要求する以上自分も童貞だけは守らねばならない」
「私は女にのみ世人が貞操問題をやかましく言うを不自然と思い、男も童貞を守りゆくべきものであると考える」
などなど、「5×16センチの自由回答欄に小さな文字でぎっしり書かれている」そうだ。

私はこれらの考えとも異なるのであるが、少なくとも、まぐわいの経験がない人間について、まるでその方が変質者であるかのように言い、しかもそれに対して何か言えば負け惜しみを言っているかのように言い出す現代の風潮よりはマシである。

先の本の29ページには、女が処女である限りにおいて自分も童貞でいてやる、という「条件つき童貞」とも読める。それが証拠に、将来の結婚相手が処女だろうと非処女だろうとかまわない、とにかく自分は童貞を守りたいんだ、と無条件でいう者は一人もいない・・・とある。

おーい、いるぞ。作者の渋谷さん、ここに、アトラス塩浜という男がいる。
こんなことを書かれると、ますます「私1人だけでも頑張ろう」との決意に燃えてくる。

唯一残念なのは証明手段がないことである。
アイドルの森下悠里さん、佐藤寛子さん、田代さやかさんなどもまぐわいをしたことがないことをアピールしているが、結局真偽不明である。

私は、大学時代、禁酒・禁煙・禁エロ本、禁マージャン、禁デート、禁コンパ、禁コーヒーを誓い、守った。
また、あまり意識していなかったが、テレビで映画を見たことはあっても、映画館で映画を見たことはない。別に思想も何もないが、結構みんなが驚くので、せっかくだからこの記録も伸ばすことにした。
先日、アイドルいしいめぐみさんのイベントを応援するため、間違ってパチンコ屋に入ってしまったが、まだパチンコをやってはいない。(もっとも、パチンコ仮面ライダーとか、ウルトラセブンとか、すごく面白そうだ)
元々思想とは別に、欲望を抑えることが好きだし、その自分を見るのもかっこよくて好きなのだ。

まぐわい経験をしたことがある男をこちらがバカにしないだけでもありがたく思ってほしいのに、こともあろうに、経験ある奴らが、経験ない男をばかにし、上から目線で見、何を言っても負け惜しみであるかのように言う態度も気に入らない。
まぐわいをすることが、東大に合格することのように難しいというならまだわかる。
しかし、世の中見ている限り、バカでもブ男でも、本人その気ならばまぐわいをしているではないか。
ついでに言えば結婚も同様で、これまたバカでもブスでもぶ男でも何でも結婚しているのであって、なぜ結婚していない人が卑下したり、結婚した人を勝ち組などというのか理解に苦しむ。むしろ、タレントについて言えば仕事が充実している時には結婚しない人が多い。
それに、結婚した人が幸せそうに見えるのは最初だけで、その後は不幸そうに見える。人様に勧めるなら、もっと幸せそうにしてくれないか。

私が「疲れている」「忙しい」と言いながら、蚊がたくさんいる藪の中に入ってクワガタをとる気持ちは理解できないだろう。
まあ、「今日は7センチを超えたクワガタを捕まえた」と言ってニコニコしているなら、「良かったね、おめでとう」くらい言っても良いと思うだろうが、私が次のような態度をとったらどうか。
「君はまだミヤマクワガタを捕まえたことはないの?」
「別に興味ない」
「そんなことじゃだめだよ。君はまだミヤマクワガタを捕まえた時に本当の喜びを知らないんだ。今度連れていってあげよう」
「本当に興味ないんだから」
「またまた、そうやって、捕まえられないのを負け惜しみ言っちゃて。でも大丈夫。君ならきっと捕まえられるようになるよ。心配するな、君ならきっとできる。」
「負け惜しみじゃないよ。本当に興味ないんだってば」
「君は向上心がない人間だな。そんなことではだめだ」
どうですか、これが多数派どもがやっていることなのである。
たまたまミヤマクワガタのために必死になる人口は少なく、異性をおいかける人口が多いだけの話だ。

最後に、マイミクさんへの感謝。
マイミクTさんと私の両方をよく知っている人がいて、彼が私に「彼女をつくってほしい」としつこく言うのでうんざりしていた。
「世の中、いい加減な人間がうまくいっておかしい。信念を持って生きている人はもてて、彼女ができるということをこの目で見たい」というのである。
「第一に私は既にもてている。第二に、特定の彼女は作りたくない。大勢のファンがいるほうが楽しい」といくら言っても「塩浜さんの信念の強さにほれこんでいる人に勇気を与えてほしい。」と言う。
(なんで他人に勇気を与えるために、自分が欲してもいないことをやらなければならないのか。そんなくだらないことができるか)と思っていたら、Tさん(彼の信念の強さは間違いない)が結婚してくれて、証明は完成したらしく、その男は私にせっつかなくなった。
Tさんのおかげで助かった。

オタクのコーナー
その後テレビ「青木ドナウ」で「ゆうこりんの年収当てクイズ」に呼ばれた。
童貞クイズも捨て難い魅力だが、ゆうこりんと間近で話すことができたのは嬉しい。

テレビ「怒りオヤジ」でも童貞の出演をしばしば募集しているが、あの番組は、惜しいところでわずかに私の考えとズレがあって、まだ出演をためらっている。
このズレについてはそのうちに述べたい。