2013/3/15
富士山の魅力の一つはその稜線の美しさにあります。
左右対称になだらかに勾配する稜線は指数関数になっているのだ
そうです。
富士山が醸し出す圧倒的な安定感は、すそ野の広さに裏付けられ
ているのではないでしょうか。
砂遊びで、少しでも高い山を作ろうとすると、できるだけすそ野を
広くしなければならないことに気付きます。
子ども達は無意識のうちに、土台の大切さを学んでいくのでしょう。
年齢別の人口をグラフにした人口ピラミッドは1920年(大正9年)の
ものが日本では一番古いようです。
5年に1度実施される国勢調査に基づいて作成されますから、直近の
2010年(平成22年)まで、全部で19のグラフがあります。
1920年の日本の人口は約5600万人です。人口ピラミッドは年齢の低い
世代から上の世代へ行くほど人口が減っていく、典型的なピラミッド
型(富士山型ともいいます)をしています。
1歳~10歳まではさほど人口は変わらないのに0歳児の人口だけが
突出して多いのは、乳児の死亡率が高いことを表しているのでしょう。
1925年(大正14年)~1940年(昭和15年)まで、人口は5年ごとに400
~500万人ずつ増加して1940年には7300万人となりました。
人口ピラミッドはピラミッド型を維持しながら全体的に大きくなって
いきます。
1945年(昭和20年)それまで順調に増加していた人口が、初めて減少
に転じ7200万人を割り込みました。突然、ピラミッドの左側(男)の
真ん中あたりが削り取られていびつになっています。
戦争に駆り出された男たちが多数命を落としたたためです。中でも、
24~5歳の男の人口は半数以下になっています。
1950年(昭和25年)には一転、人口は8400万人と一気に増加しています。
もちろんベビーブームの影響です。5年間で生れた1200万人の4分の3
が、いわゆる団塊世代と呼ばれる人たちとなります。
1970年(昭和45年)、団塊ジュニアが生まれたあたりをピークにして、
以後、出生数はじりじりと減り続けていきます。
つまり、1970年を裾野として逆ピラミッドが築かれていくことになり
ます。
2050年(平成62年)の人口ピラミッドをシミュレーションすると、ソフト
クリームか聖火のような形をしており、逆ピラミッドはほぼ完成に近づ
いています。
出生数は男女合わせても50万人程度。現在からも半減してしまいます。
こうした傾向は日本だけの現象ではありません。欧米諸国はもち
ろん、中国やインドでも同様の事態を予測させる兆しがすでに出て
います。
縮小し続ける市場が前提条件となっている現在、経営者はどんな哲学
とビジョンをもって企業をマネジメントしていくのか、内外にしっかりと
発信していかなければならないでしょう。
先行きに不安を募らす社員やお取引先にも納得できるシナリオを提示
できる企業しか生き残ってはいけないのではないでしょうか。