2012/3/2
小さな家とキャンバス
ほかにはなにもない
貧しい絵描きが女優に恋をした
大好きなあの人に
バラの花をあげたい
ある日町中のバラを買いました
百万本のバラの花を
あなたにあなたにあなたにあげる
窓から窓から見える広場を
真っ赤なバラで埋めつくして
加藤登紀子さんの訳詩で有名な『百万本のバラ』です。
絵描きが買ったバラは、小さな家とキャンバスすべてを売って
工面したのでした。
しかし女優は、窓の下一面に広がるバラの海を見て、どこかの
お金持ちの気紛れだろうと思います。
女優の姿を、絵描きはそっと見上げているだけなのでした。
物語はそれで終わり。
女優は、また別の町へと旅立ちます。
どこへ行っても彼女の人生には、バラで埋め尽くされた海が広が
っています。彼女にとって百万本のバラは、単なる日常の景色に
過ぎないのです。
貧しい画家には孤独な日々だけが待っています。
でもその心には、バラの思い出がいつまでも残っているのでした。
『百万本のバラ』は、ロシア語の歌謡曲を翻訳したものですが、
物語は、グルジアの画家ニコ・ピロスマニの逸話をモデルにして
います。
ピロスマニは、マルガリータという名の女優に恋をし、彼女の
泊るホテルの前の広場を、いろいろな花で埋め尽くしたそうです。
一生バラに囲まれて生活をした女優は幸せだったのでしょうか。
ご馳走も毎日食べ続ければ飽きてしまうように、案外と退屈な
人生だと感じていたかもしれません。
生前は評価されず、失意のうちに死んだピロスマニですが、死後、
グルジアでは国民的画家として愛されるようになりました。
もちろん、生前のピロスマニは、自分の死後の名声などは知る由
もありませんでした。
しかし、不遇をかこち、不幸で埋め尽くされた人生であればある
ほど、たった一つの忘れえぬ思い出は、彼の胸のうちで珠玉の宝
として輝き、生涯、彼の心を温かく照らし続けたことでしょう。