辻褄(つじつま)時計 | 店舗探し.comの過去コラム

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2011/07/30

【辻褄(つじつま)】・・・「辻」は裁縫で縫い目が十字に合う部分をさし、「褄」は着物の裾の左右両端の意味で、いずれも合うべき部分をさす。そこから道理などが合うことを「辻褄が合う」、ちぐはぐなことを「辻褄が合わない」と用いられるようになった。(『語源由来辞典』より)

なんにせよ、およそ「辻褄が合う」ことは収まりがよく気持ちがいいものです。
「辻褄が合わない」ことはどこか居心地が悪く、時に非難されたり、糾弾されたりもします。
しかし、辻褄は合っているのに本来の目的が達成できていないというケースもあります。

「辻褄時計」をご存知でしょうか。

見た目は普通のアナログ時計です。
ところがこの辻褄時計、時計の針の動きが不自然なのです。針が速く動いたり、後戻りしたり、時には止まってしまいます。秒針、長針、短針の3つの針が勝手にバラバラに動くこともあれば、振り子のように左右に揺れ動くこともあります。

しかし、毎分0秒になるとピタリと正しい時刻を示すようになっています。
つまり、1分ごとには辻褄が合うわけです。

ただし、辻褄時計では、ぴったり0秒のときに時計を見なければならないのですから、必要なときにいつでも正確な時間を知りたいというニーズが満たされることはありません。

心臓に不安を抱え、年に何回か定期健診を受けている知人がいます。
楽天的な男で、いつも好きなものを好きなだけ食べてお酒はがぶ飲みし、タバコをスパスパと吸っています。
しかし、検査の3日ほど前になると急に酒を控えたり食事制限をして検査に備えるのです。
入院を余儀なくされるような検査結果を回避するためにはどうすれば効果的なのか。
長年の経験から試験の一夜漬けのような方法を会得したのだと胸を張っています。

すれすれの数字で入院を免れると会心の笑みを浮かべて早速タバコに火をつけ、ビールをうまそうに飲み干すのです。
検査結果の辻褄合わせの名人ではありますが、こんな検査の受け方ではとても健康を守れるとは思えません。

自転車が良く売れています。
「サイクルベースあさひ」を展開する業界最大手の株式会社あさひは順調に店舗数を増やし、イオンも自転車専門店「イオンバイク」を2015年までに1000店まで拡大すると発表しました。
もちろんその背景にはここ数年の健康や環境への意識の高まりがあるのでしょうが、大震災はその勢いに拍車をかけたようです。

ところで、実際に自転車で町を走っていると、いったいどこをどのように走ればいいのか、判断に迷うことがあります。

自転車専用レーンが設けられているところではそこを走ればいいのでしょうが、この専用レーンはどこまでも続いているわけではありません。
途中から歩道に誘導されることもあれば、いきなりプツリと途切れて終了していることもあります。
横断歩道には自転車レーンがあっても、その前後にはレーンはなく、歩道をどう走るのかについての表示もありません。

道路交通法によれば自転車は歩道の車道寄りを走るよう定められています。
即ち進行方向で車道の右側にある歩道では歩道の左側を、車道の左側にある歩道では歩道の右側を走ることになります。

では歩道を走っているとき前方から来る自転車とすれ違う場合にはどちら側に寄ればいいのでしょうか。
きっと道路交通法には、何か辻褄の合う規定か解釈があるにちがいありませんが、私はその内容を知りません。
結局は相手とお見合いをして立ち往生、などということがしょっちゅう起こります。

実用性を考えると、毎分0秒に正確な時間が表示される「辻褄時計」よりも1日に10分ずつ進んでしまうような普通のアナログ時計のほうが、よほど優れています。

知人が今後、健康に長生きするためには検査結果の数字の辻褄を合わせるよりも、日常生活で節制を心掛けた方がよほど効果的なはずです。

前方からやって来る自転車があれば、さっさと自転車を降りて、相手に道を譲る優しさがあれば、事故など起きようはずがありません。
道路交通法の細かい規定などは、知らなくても不都合は生じません。

生きて年を重ねれば重ねるほど、人生には辻褄の合わないまま放置されている苦い経験が貯め込まれていきます。

大震災という、全く辻褄の合わない理不尽を同時に経験した私たちの人生は、もはや表層にある事象の取り繕いによる安易な辻褄合わせでは大団円を迎えることはできないでしょう。

大震災以来、日本中の時計という時計はすべて狂ってしまい、「辻褄時計」でさえ毎分0秒になっても正しい時刻を示すことができなくなっているのです。

あまりのショックに茫然自失、あの日で時が止まってしまった時計があります。
あっという間のような感覚で短針が秒針のようにグルグルと回っている時計もあります。
一方で復興への長い道のりを思うと、あまりに緩慢な時計の動きに苛立ちさえ覚えます。

もう、時計を修理することはやめましょう。

朝、目が覚めたら空を見上げればいいのです。太陽の位置から時刻を読み取ることができます。
お昼は腹時計によってランチタイムを決め、山へと帰るカラスの鳴き声が聞こえたら仕事を終えるのです。

風を感じ、大地の音を聞き、自然の摂理に身を任せていくことで、何か大いなる力が、私たちすべての壮大な辻褄をきっちり合わせてくれるような気がしてしかたがないのです。