横須賀海軍カレー | 横浜で人材事業を起業した建築士のブログ

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建築・不動産に特化した人材エージェントのテンポール株式会社で日々奮闘する駆け出し経営者のブログです。転職コンサルタント事業責任者、建築構造設計者として頑張っています!

三十路も過ぎると、世の中に蔓延する無数の矛盾も世知辛い日々を生きていくための術と捉えることが出来るようになるのは、最も重要と言っても過言ではない現代人が身に付けるべき「惰性」という名のツールである。矛盾で塗り固められた美辞麗句で自己の既得権益を死守することにのみ鼓舞する政治家先生方には「惰性」の名のもとで幾ばくかの同情すら覚える訳だが、三十年以上の歳月を費やして習得したツールを持ってしても見逃すことができない事もあるから人生は面白い。「横須賀海軍カレー」がそれに該当する。昭和五十年から平成十二年までの二十五年間に渡って横須賀の空気と水に育まれてきた小生にとって、「横須賀海軍カレー」ほど郷愁を覚えないものは無い事をこの場で告白しよう。もっと言えば、この「横須賀海軍カレー」という呪縛に三十路を過ぎてから故郷へのアイデンティティを脅かされることになるとはまさに青天の霹靂なのである。富山の居酒屋で女将に小生の出身を伝えた際に返ってきた回答、「ああ、カレーのね・・」と言うセンテンスに耳を疑いつつも受け入れざるを得なかった屈辱を想像してほしい。その夜のお湯割芋焼酎は心なしか舌に苦く、酔うことさえもできずに駅前のアパホテルで温度調節が難しい空調と格闘しながら朝を迎えることになるというトラウマを作ることとなったのは近しい記憶である。遠方の地、富山でさえ「横須賀=カレー」が常識となりつつあるという事実に目を背けてはならないと決意し、「横須賀海軍カレー」の記憶を探して自身の奥深く幼少の頃の深層心理に至るまで遡って回想を試みることにした。結果、「横須賀海軍カレー」なる記憶は皆無であった。実際のところ、「横須賀海軍カレー」という商品を目にしたのは、記憶に間違いがなければ就職後に横須賀の地を離れて東京での一人暮らしを始めた頃にスーパーマーケット「サミット」で見かけたレトルトパックが初対面のはずだ。面白がって試しに購入して食したことから鮮明に記憶に残っている。誤解のないように言うが、カレーが嫌いなのではない。むしろ大好物なのだが、「横須賀=カレー」であるという構図に対して、二十五年間という時間を過ごした地に対する畏敬の念を侮辱されているような感覚に苛まれるのだ。カレーはインドが所有する商標登録であると考えている国民が大多数であると思われ、二番煎じの横須賀にはロイヤリティーが課せられても文句は言えまい。そのようなリスクを侵してまで、大衆の愛するカレーに助けを求めた故郷の施策に対して遺憾の意を表明したいのと同時に、東京、横浜への若者の流出が深刻化する切実なる台所事情に対して何も恩返しの出来ていない力不足の思いに心を締め付けられるのである。コンビニエンスストア等で販売されている「横須賀海軍カレーパン」、「横須賀海軍カレーコロッケ」という商品を見る度に、味覚で差別化することが難しいカレーという食品の宿命と、ペリー来航以外の町興しネタを模索する健気な地方行政の双方の思惑を俯瞰し、苦笑しながらも商品を手に取りレジに向かってしまう故郷思いの男がいることを忘れないでほしい。