こんな戦いもありました。
猪木対ペールワン戦は、完全なる「果たし合い」だった。
そうです。
ノールール。相手を倒すためなら、何をやってもいい。
パキスタンのカラチ・ナショナル・スタジアムにはペールワンの勇姿を一目見ようと、
集まった観衆、場内外合わせおよそ10万人。
リングの周りには銃を持った兵隊が取り巻き、日本の格闘技の世界では、
ちょっと考えられないような異様な雰囲気だったそうです。
アクラム・ペールワンの実力自体は全盛時の猪木にとってさほどの驚異ではなかったようだ。
試合が始まり、
猪木がペールワンの肩を極める。ギブアップなどしない。
「仕方ない」と思った猪木はペールワンの肩、肘の関節をはずす。
何かがつぶれるような、イヤな音がしたそうです。
しかしこれくらいではレフェリーもこの「果たし合い」を止めることはできない。
フェースロックを決める猪木。「今でも跡が残っている」というペールワンの噛み付き。
手を引っ張れば指が食いちぎられることを察知した猪木は
「空いている手の指をアクラムの目玉に突き刺した」。
戦闘不能になったペールワンを見て、レフェリーが試合を止めた。
会場は途端に騒然となり、ペールワンの弟子、親族たちが目を血走らせてリングに上がってくる。
銃口が猪木たちに向けられる。
静まり返る群集。そして大歓声。
この当時は両手でやっていた「ダーッ」が、周りにはアラーへの感謝の祈りに見えたらしい。
猪木は九死に一生を得たばかりではなく、
イスラム世界において「最強の男」として認められたそうです。
「猪木ペールワン」誕生の瞬間だった。
幸運の女神に延髄斬り(アントニオ猪木)から抜粋いたしました。