実は、
私自身は勤めていた会社が倒産しなかったら、
いまだにサラリーマンだったろうな、と思うんです。
同期では出世頭だったので、
残っていれば、部長ぐらいにはなっていたかも知れない。
100社ぐらいのグループ企業を持つ会社にいました。
幹部候補生として、色々な研修に参加していて、
会社の実情がどういうものかっていうことを知ってしまいました。
なるほど、
年商が2兆円あるけど、有利子負債も同じぐらいあって、
前期の経常利益が7億ぐらいしかないという状況を見たときに、
こりゃもう飛び出そうって決めました。
当時はタイタニックという映画が流行っていて、
結局、どんなにすばらしい演奏をしても、
船自体が沈んでしまったらしょうがないなと思って、
タグボートで飛び出したのが7年前でした。
やはり、偶然からのスタートです。
まず、
私が始めたことは、
ジモトを歩くこと。
大阪を歩くことでした。
時間はいっぱいありましたから、
歩き回りました。
次に、何をするかということは、
私の人生の大きな問題でした。
ただ、歩きながら、
ひとつ分かったことがありました。
大阪って、元気あらへんやん、
なんでやの、
活力がない。
今もしんどいが、当時は寒かった。
街が寒かった。
よし、やってみるか!
と決めました。
でも、そのときは何をするかなんて決めてなかった。
そして、
そんな暗い大阪を明るくしようと決めた。
最初に始めた事業は、
2001年。
カップルをいっぱいつくって、街を元気にしよー
単純な想いから、
お見合いカップリングパーティを主催しました。
自らマイクを持ち、
楽しかった。
テンプラス
の原点でした。
そして、
2010年
交流会プラス が
スタート
します!