懐古神社の社殿横から天守台跡に登ってみる。

今は石垣のみが残っているが、往時は三重天守閣が建っていたという。

別名、酔月城、白鶴城、鍋蓋城、穴城とも呼ばれる。

 

天守台跡からは園内や石垣が見渡される。

 

神社の石鳥居を出たところに社務所

 

さらに南側に歩いて行くと富士見展望台があるが、樹木が生い茂っており千曲川がよく見えない。

すぐ横に動物園につながる白鶴橋まで出てみるが、あまり見晴らしは良くない。

公園内を西に歩いて行くと虚子歌碑が立っている。

「紅梅や旅人我になつかしき」

 

さらに馬場跡広場の中に「あずまや」がありひと休み。

 

また藤村歌碑が立っている。

 

その先の突き出した道は「水の手展望台」があり、昔は監視場であったので遠くまで見通せる。

遠くに千曲川の流れが見える。

 

戻って行くと「あずまや」の向かい側に武器庫が建っていた。

 

さらに藤村記念館が建っている。

 

帰りの時間が迫って来たので三の門から出て小諸駅に。

三日間の旅の疲れもあり早めに帰途に就く。

帰りは小諸駅から小海線に乗って佐久平駅で新幹線に乗り換えて大宮経由で帰途に就く。

三日間、炎天下の中を17000歩、24000歩、17000歩も歩いたので疲れ果ててしまい、帰ってから三日間体調不良であった。

真夏の旅は久ぶりであり、もうあまり無理な旅はできないことをしみじみと悟った旅でもあった。