山代温泉を後にして一般道を北東に向かって走り、那谷寺(なたでら)を目指す。

那谷寺には20年ばかり前に友人夫妻と訪れているが、記憶がかなり曖昧であり写真は数枚しか残ってなく、今回の旅の中心でもある。

入り口の受付前、参道入り口。

 

右手の駐車場に交通安全祈願所がある。きわめて理に叶った場所にあり感心する。

 

写真は山門。

 

その山門には仁王像の写真が飾ってあったのには驚かされた。

こんなに名の知られた寺院の山門では珍らしい。

 

境内に入ると、すぐ左手に平成2年に再建された朱色の金堂華王堂が建っている。

中に入ると長谷寺のような大きな十一面千手観音像が安置されていた。

宗派は高野山真言宗の別格本山、山号は自生山。

養老元年(717)に泰澄が開基と伝わる。

西国三十三観音の一番「那智」と三十三番「谷汲」から一字づつとって那谷寺としたという。

 

ただ見たかった書院(国重文)と名勝庭園は拝観不可であった。慶安2年(1659)築。

金堂横の普門閣(国登録)は弘化4年(1847)築の家屋を昭和40年に移築したもので、宝物館、休憩所となっている。

 

苔むした樹林の中の参道を進んでゆく。

誠に気持ちが良い参道であり、以前訪ねた時にここは良く覚えている。

 

まもなく左手に池と岩肌が見えてくる。

奇岩遊仙境と名付けられたこの寺の見せ場である。

岩肌のところどころに石仏が祀られ、稲荷社も見える。

 

奇岩をもう一枚。

 

奇岩遊仙境の先の本殿(大悲閣)にと登る道の入り口に中門がある。

ただ閉まっていて中に入れなくて残念であった。

 

写真は中門の隙間から撮った本殿への石段で、登った先の右手に建っている。

 

前回2005年5月26日に訪ねた時の数少ない写真に中に本堂をバックに撮った写真が残っていた。人物中心になっている点はご勘弁。

本殿は大悲閣・唐門・本殿(国重文)から成り、寛永19年(1642)に前田利常の庇護で再建された懸け造である。