長浜駅に戻り大津のホテルに向かう途中、ふと思い立って石山駅に途中下車して、久しぶりに建部(たけべ)大社を訪ねてみることにした。
瀬田の唐橋沿いの道はのどかで歴史を感じさせる好きな風景である。
唐橋は小さい橋と大きな橋から成り、全長223,7mある。
元の橋は丸木舟を横に並べてフジの蔓をからめた橋であったことより「からみばし」と呼ばれ、それがなまって唐橋に転化したという。
古くは京都防衛上の重要地であり、「唐橋を制するものは天下を制す」と言われたこともあった。
現在の橋は昭和54年に建てられたもの。
突然来たので、行きあたりばったりの旅になったが、この近くに芭蕉句碑があったことを帰ってから知ったのが残念。
唐橋を渡ってからまたしばらく歩く。
一の鳥居からは建部大社の長い参道が続いている。
さらに左に折れ曲がって二の鳥居の先にさらに参道が続く。
参道にはヤマトタケルの東征伝説の説明版が並んでいたが、その中に昭和20年に初めて発行された千円札に建部大社が印刷されていることを知った。発行枚数が少なく幻の千円札と言われている。
近江には数多の大社がある中での近江国一之宮であり式内社である。
祭神は日本武尊。権殿に大己貴命。
写真は神門。
写真は社殿と境内。
拝殿前の三本杉は「弥栄のご神木」と言われ、大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したとされる。
正面にそれぞれ一間社流造りの本殿(向かって左)、権殿(向かって右)が並列している。
創建は景行天皇46年と伝わる古社中の古社。
毎年8月17日の船幸祭は御座船が瀬田川を巡行する。
本殿の裏に回ると菊花石がある。
天然記念物であり、健康・長寿にご利益があるとされる。
本殿の左右に末社群が同じように四社づつ並んでいる。
左手には蔵人頭、行事、大政所、聖宮神社、右手(写真)には箭取、弓取、若宮、藤宮神社。
社殿の右にある石灯篭は文永7年(1270)造で国重文。
これだけの由緒を持つ大社であるのに、国重文はこの石灯篭だけとは信じがたい。
本殿の右横に絵馬舎、神馬舎、宝物殿が並ぶ。
さらに右手前には境内社の八柱、稲荷、大野社が祀られている。
写真は大野社。
その右手には池があり樹木と共に庭園となっていた。
また樹木の中に桧山神社の遥拝所がある。
この日の宿は大津の定宿であり、近くの居酒屋「えんや」に出かける。
ただお客で混雑しており、マスターとほとんどお話が出来なかったのが残念。
炎天下の中、長浜の寺社巡りだけでも大変だったのに、ふと立ち寄った建部大社への往復の道程が随分と遠かったため、疲れ果ててしまった。