4日から二泊三日で、今度は北陸の高岡市、金沢市、羽咋市、富来町を巡ってきた。
今回も気楽な一人旅であり、天候にもどうにか恵まれて予定よりも多くの寺社・史跡をめぐることが出来た。
またJR「大人の休日倶楽部」会員用のパスが大好評とみえて、列車内、金沢の街共に大変な人出であった。

4日の早朝、東京駅から新幹線で越後湯沢に、特急に乗り換えて高岡駅に着いたのが11時30分過ぎ。
次の氷見線の電車まで約一時間の待ち時間がある。
高岡市内は昨年の11月に従兄弟のアッチャンと瑞龍寺ほかほとんど訪ねているが、射水神社を見落としていたので、この時間を利用して訪ねることにした。

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市内の北東方向に15分ばかり歩くと、目指す高岡古城公園近くにある大手町神明社にまず立ち寄る。
祭神は天照皇大神、豊受皇大神、大己貴命、大毘古命、菅原道真。
小さな境内ながら、神馬像などきちんと整備されている。
この拝殿は、二代藩主利長の御廟にあった鎮守堂の拝殿を移築したものであり、1652年築と古いもの。(写真)

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またすぐ近くに荒れ果てた無住の寺があった。
山門はがっしりしているが閉まっており、横から境内に入ると雑草の生い茂る中、本堂などが荒れるにまかせて建っている。(写真)
地図を見ると真宗本派の常念寺と思われるが。

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この高岡古城公園は加賀藩主二代目の利長が1609年に築いた高岡城の跡であるが、高岡城は5年で廃城となった。
7万坪の城跡は、その三分の一が水濠で占められている。
写真は水濠。

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その中心部に射水神社の境内がある。
日曜日ということもあり、珍しく若い人がかなり見えていた。
厄年のお祓い、車のお祓いであろうか。
写真は入口の鳥居前から。

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社殿は新しく、また本殿を写真に撮ろうと思い周囲を歩くが、どこからも見えなかった。
祭神は瓊瓊杵尊で、二上神とも称する。
創建は定かではないが、717年に行基が勅を受けて二上神を祀ったのが始まりとも。
また昭和50年に1300年式年大祭を行ったという古社である。
写真は拝殿。
越中一之宮として、ここ射水神社、また気多、高瀬、雄山などが挙げられているが、まだどことは特定されていない。
また越中総鎮守として位置づけられている。

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長い参道を歩いてゆくが、水濠を古木が覆っており素晴らしい景観である。
途中に樹木に囲まれて護国神社が建っていた。(写真)


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公園を出て駅に向かって帰る途中に、賑やかな出店が並ぶ高岡大仏が見えてきた。(写真)
ここには数年前にYご夫妻とツアーで訪ねたことがある。
高岡は銅製品が国内シェア90%を超える銅器の街である。
そのため鋳物技術の粋を集め、昭和7年に青銅大仏として完成させた。
正式には大仏寺、浄土宗の寺院で、山号は鳳徳山。

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高岡駅に戻ると、駅前には大伴家持像が立っている。(写真)
これから目指す高岡市伏木の地に、国守として五年滞在していたからである。
万葉集にある家持の歌は四百七十九首、そのうち二百二十三首がこの越中で詠まれた歌であるという。
そういう意味ではここは隠れた、遥か万葉時代の香りを残す地とも言える。