三度目のヴィパサナー瞑想会に参加するスケジュールを作り、申し込みも済ませ安心して承諾メールが届くのを待っていたら、なぜか千葉会場からOKのメールを受け取ってしまい、大慌てしてしまいました。
わたしの意識としては千葉に申し込んだつもりは全くなく、前2回同様京都に申し込んだつもりでいたのです。
慌てて、千葉会場から京都会場への変更依頼をしたのですが、時すでに遅く、京都会場はキャンセル待ちであり、今からでは許可される保証はなく、またキャンセル待ちに登録する為には、OKとなった千葉会場の申し込みを取り消す必要があり、そうなると千葉会場への再申し込み段階では席はなくなる見込みとなるということがわかりました。
考えてもいなかった千葉会場に行くしかない流れが明確となり、決断しないと今回の参加自体が消えていくことがわかり、急遽交通手段の変更申し込みや瞑想会の前後の日程や予定などを組み立てなおしました。
なぜ千葉会場に行かねばならないのか、ぐだぐだ考えても仕方ないので、覚悟を決め、天の采配に従うことにし、東京にいる友人たちとの出逢いスケジュールを作り始めました。
結果、それがベストのタイミングであったことが、すべてのスケジュールを終えて小豆島に帰ってきた今、納得しています。
自己都合(自我)でのスケジュールを手放し、もしかしたら内なる神である真我が、わたしの無意識を動かして東京行きに変えさせた流れの意味が、今では良くわかりますし、感謝しています。
瞑想会で真我から受け取ったメッセージも今までとは異なる自我の解放ということを越して、この世に受肉してきた魂の目的を観念的なものではなく、具体的な構想として開示してくれました。
生き続ける目的のヴィジョンをありありと見せてくれたのです。
それだけでなく瞑想会終了後、久しぶりに出逢った東京在住の仲間たちとの出逢いによって、どんなにアプローチしても笑ってくれなかった我が内なる闇に存在する「女の子」が、闇の牢獄から陽の下に出て来始め、今日のわたしとの融合が始まったのです。
内部から、自己の固い砦が解け始めてきたことが明確にわかりますし、嬉しいです^^
わたし自身の魂が作りあげたらしい闇が徐々に消えていくことで、今なお引きこもりを続けている30歳を越した娘にも変化が起きてくるであろうことが感じられます。
今回の瞑想体験が、これまでとは違っていて日々意味不明でとりとめがなかったのですが、最終的に明確なビジョンが塊となって意識に飛び込んできたことで、途中の不透明な現象は、内部に残っている不要なあるいは邪魔な重たい現生の濁り(初回体験時のソレとは質が全く違っていましたが)を消去していたんだなと今になって納得しています。
8月6日の夜行バスで高松から東京に向い、東京からは電車やバスを使って千葉県長生郡にある会場に向いました。
到着後参加のための既定の作業が終わって座った時に「マイワールド x ヴィパッサナー」が対抗屹立していることを受け取りました。
それが何を伝えようとしているのか、今日までわからなかったのですが、23日から2泊3日の予定で我が家に逗留していた名古屋の不思議な青年が見事に解決してくれました。
形あるこの世を創造するために宇宙はゼロ(無―すべてがある)の混沌から陰を生み、陽を生んだ。この陰陽のバランスを取ることでしかこの世の至福は創造できない。
陰でもなく陽でもない、そのどちらも取り込みつつそのどちらでもない帯域の創造のことだと思うということをさらりと伝えてくださいました。
それは意識だけでなく、暮らし方・生き方全体に渡らなければ成就しない。
まだまだ道は長いようです^^;
8月7日から本格的な瞑想三昧の生活が始まっていくのですが、これまでとは何かが違っていて、自分が混沌の中に居続けたのです。
実は今回のこの瞑想会に出てくるまでの約40日間、「松果体活性装置」を毎日使用し続けていました。
熟睡時(無意識領域)のデルタ波振動を潜在脳部分と第三の目の部分に与えることで、顕在意識が肥大化し過ぎ委縮させてしまった松果体を本来の機能に戻していき、潜在意識の力を徐々に取り戻していくことを目的に製造されたものです。
40日間の使用によって、実は徐々に自己意識が変容しつつあったのです。
慣れ親しんでいる自己の意識に丸みがでてくると言っていいのでしょうか?
そんな状態で、瞑想三昧に突入してしまったために、安定を欠いてしまったのかもしれません。
座らなくても、松果体が疼いている状態だったのです。
松果体で発生した振動は仙骨を振動させ、仙骨の振動は脊髄を振動させつつ上部に上昇し、ハートや喉周辺を振動させ、両目を囲む蝶形骨を振動させていく。
そして松果体の振動と合流する。
使用していなかった脳細胞を活性化することで、意識領域が徐々に広がっていく。
そんな流れを受け取っていました。
もちろん、この装置は自宅に置いてこの瞑想会に参加したのですが、40日間の使用に伴って脳の活性化が始まりつつある状態でした。
ですから瞑想合宿がスタートした数日間は、錯綜した映像が現れたり、いろんな種類の動物が現れわたしを見つめて笑ってくれたり、瞑想とは異なるエネルギーが同時に存在して脳内が混乱していました。
8月12日(5日目)
「君に理解不明の現象を与えたのは僕だよ。ごめんね。」というが飛び込んでくる。
8月13日(6日目)
唐突に自己との対話が始まる・・・・
いわゆる小我が質問して大我がそれに応えていく流れを淡々と受け入れていると、どうやら今日までの転生で経験してきたいろんな時代の小我たちからの質問が続いているらしく、わたしは睡眠をとることができなくなってくる。
8月14日(7日目)
睡眠不足のために、部屋に戻って身体を横たえた瞬間から深い眠りに入っていった。
心地よいのだけれど、夢なのか現実なのかはわからないままに自己の身体にかかる重力変化を感じると共に腕や足が空を飛んでいく。
そして訪れる落ち着き、平静な心・・・・
わたしはソレを達成したのだろうか?
今までの自分ではない自分に戸惑いながら自己を冷静に見つめているもう一人の自分があった。
8月15日(8日目)
もう日付けさえも意識しにくく、沈み続けて行く自己をうっすらと感じている。
眠い。ともかく眠い。
異常過ぎる眠気の中で、自己を客観的に見つめている我がいる。
不要な偽我(小我)を放擲している?
朦朧とした意識の中で、ともかく深みへ深みへと沈みこんでいく肉体と心の状態を眠気の海の中で観察し続けている。
縦に、横に、らせん状に、右回転、左回転・・・・
高速度で動く波に身を任せ、浮遊する汚泥と別れていく・・・・
静かで透明な水がまわっているだけ・・・・
きらきら輝く水・・・・
渇望や怨嗟などの念、執着などが消え、心はしんと静まり返り、平静となる。
8月16日(9日目)
午前2時~3時頃、脳内に友人からのメッセージが飛び込んでくる。
仙骨のことで質問を送っていた友人から全く返事がなかったけれど、それに対する彼女からの返信メッセージ。
過激な肉体修行を伴う仙骨の活性化を願うより、おおらかに今の生命を楽しもうと思っているという内容のメッセージだった。
わたしは、肉体音痴でヨガもそうだけど肉体そのものを研ぎ澄ませていくことなど到底できないので、ただ「座る」ことで自己を極めていきたいと思っている。
生成・進化・消滅を繰り返す内部エネルギーが、肉となり固体となっていく。
脳へのダイレクトメッセージが、また飛び込んできた。
「懐かしいね、いよいよだね・・・北白馬の戦士より」
一体誰なのかまるでわからない。
明確な個人救済が始まった。
全身隈なく平静な意識であり、濁りや現れてくる意識の泡沫は消えてしまった。
全身自由なエネルギーがスムーズに流れていて、滞るところはなく、同時に心も自由のまま・・・・
まるで音のない平安と静けさに包まれている。
8月17日(10日目)
仏陀没後2,500年、今尚その息吹きは色褪せもせず脈々と息づいている。
言葉や呪文による記憶でも教えでもなく、心のシステムに気づいていく。
競争から共奏・協力へ
どこが、誰が一番か?から、どこもが、誰もが一番へ
他品種少量で幸せ文明
違うから美しい~自然の美
*わたしはなぜ故郷を捨てて、転々とし、今、瀬戸内海に浮かぶ小さな島、小豆島で暮らしているのか?
その内なる理由が明確に伝わってきた。
それは必然の流れ・・・・
これから何ほどのことが出来るのかはわからないけれど、魂の目的にそって生きていこうと思う。
これから始まる地球の大変容を見届けながら、人の蘇生を視野に入れながら、新しい地球文化の創生に限りある肉体を使用していこう。
肉体を返上する時、至福と感謝の思いを地球に伝えられるよう~^^
つづく・・・・