ナチュラル・ヒーリング&ナチュラル・ハイ(2) | 風天たあこのブログ
5月29日午前6時起床。スーツケースを新大阪駅のコインロッカーに預け、一泊二日の山歩き装備を背中に背負って出かける。約3キロくらいの重さであろうか?愚かにもまた常の意識「二日間これを背負って歩くのだから、背骨が痛くなるだろう。」なんて化け物意識が頭を占めている。一度や二度の体験などすぐに忘れてしまい、身に染み込んでいる固定観念が表面化してしまう。

新大阪で合流される女性6人が加わって総勢8人となる。年齢的には40歳代から60歳代までの人たち、とても元気そう。オーシャンアロー5号で紀伊田辺まで行き、バスに乗り換えて滝尻王子で下車。時間が足りなくなりそうだからと、昼食はバスの中で慌しく済ます。
正午にスタートして18キロの山道を7時間で目的地を目指す計画になっていた。

歩かれた方ならお分かりだと思うが、このスタート地点が大変ハードな登りになっていた。軟弱者の私は自然の流れで最後尾になる。スタートする前から「はじめてのことで足にも体力にも自信はありませんので、皆さんは私に構わずに皆さんのペースで進んでください。私は私のペースで歩きます。自分のペースを守ればなんとか歩けると思っています。一本道だと思いますので、私は遅れても必ず目的地に到着できますからどうぞ心配しないでください。」とお伝えしておいた。

私以外はその装備などから見ても山歩きに慣れていらっしゃる方たちのようだったが、登り始めて間もない時、先頭集団を登っていらっしゃった方がお一人、その場に座り込まれ、「気持ちが悪いから、ここから降ります。」と言われる。皆さん困った表情。
「少し休みましょう。大丈夫ですよ。私はゆっくりペースでなければ歩き続けることが出来ませんので、ご一緒に歩きましょうよ。二人一緒なら安心でしょ。急な斜面を早く登りすぎただけですよ。荷物を降ろして楽にされてください。梅干を持ってきました。一ついかがですか?」彼女のリュックを青蓮さんが持ってくれることになり、なんとか再スタート出来るようになった。

青蓮さんからは、山登りというよりハイキングのような感じで、なだらかな道ですからと伝えられていたが・・・とんでもない。登りまた登りで、心臓が軋んでくるし、遅々として進まない道のりに不安が顔を出す。ギブアップしようとした人は身軽になったからか元気よく前進されており、私一人がどんどん遅れていく。遅れることに不安はないのだが、標識に見慣れてくると、今日中に18キロ先の目的地は無謀としか思えない。登りがきつく蟻の歩みの如し。(蟻さんたちの方が元気です!)

時々心配されるようで、先頭集団の人たちが私を待っていて下さるのだが、私の姿を見るとスタートされるので、私は休憩する時間が取りにくい。少し歩いては立ったまま1~2分呼吸を整えるといった感じで歩き続ける。

前を見ても後ろを見ても誰もいない一人道を、兎も角無理をしないでマイペースで歩き続ける。標識が整備されているので、道に迷う不安はない。圧倒的な熊野古道、山の霊気は清清しく、鳥のさえずりや風、美しすぎる山並みが私の道ずれ。

滝尻王子から約4キロの高原熊野神社を越した時は、確か4時近くになっていたように思う。気になったから茶店のおばさんに目的地の野中山荘まで後3時間くらいで着くかどうか聞いてみたところ、「無理ですね。牛馬童子の道の駅までは行けるでしょう。そこに着いたら山荘に連絡したほうがいいですよ。迎えの車を出してくれますから。」との言葉をもらい、不安は消えた。皆さんは自分の足で行こうと考えているようすなので何も言わなかったが、このペースでは無理だということは確信出来ていた。この山道を6~7時間で(18キロ)歩けるとは考えられなかった。

不安がなくなったからかどうか解からないが、大きく遅れて相変わらずの熊野古道一人歩き、呼吸が苦しくなってきた時、ふと先日見た夢の言葉が脳裏をよぎった。
「人が神へと戻っていくのに大切なことは、水と呼吸」・・・・・
この言葉を反芻していたわけではないが、この言葉がきっかけになったのだろうか。無意識ながら私の呼吸は腹式に変わり、大きく鼻で吸い、細く長く口で吐くというリズムになっていた。熊野の山道や木々と一つになった感じがするなと思った途端、全身が軽くなり自分の体重を感じない。足の疲れも痛みもだるさも消えてしまった。もちろんリュックの存在さえ感じない。一体何が起きたのか不明ながら、私はまるで平地を駆け抜けるように歩幅が大きくなり、軽やかに、まるで飛んでいるかのように進んでいく。走ることは考えなかったが、走ることも難なく出来る。全く体重が感じられない。生命力に満ち溢れ、自分が風にでもなったような体感だった。

私のはるか前を歩いていた人たちにすぐ追いついてしまった。「一体どうしたのですか?6時頃になったら、誰か濱口さんを迎えに行かなければいけないと思っていたのですよ。」驚きの声。

次第に周囲が暗くなってくる。時々小雨がぱらついては止んでくれるのが嬉しい。下りの道は落ち葉の道ゆえ雨が降れば滑りやすくなる。天気予報では午後から雨と伝えていた。私にはこれまでの体験から変な確信がある。霊的に意味のある行動をする時は、天気予報がどんな状況でもその行動が終わるまでは晴れていてくれる。小雨になることはあっても、「もう少し待っていてね。」と伝えると本降りになることはない。「もういいよ。」と伝えると一気に降ってくる。信じてもらう必要はないが、行動を共にした仲間はそれを知っている。

国道に近づいてきた頃、「もういいですよ。雨を降らせてください。」と声をかける。道の駅で山荘に連絡し、車で迎えに来てもらうためだ。雨が降っていれば誰からもNOの言葉は出ないだろう。私はリュックにペンライトを持っているので最悪何とかなるが、暗闇の中を歩き続けるリスクを抱えたくなかった。そして雨の中、迎えの車がやって来た。

山荘に着いて、まず風呂に入らせてもらう。全身が軽くても、意識は固定観念によって足の疲れを少しでも取りたいと考える。浴槽に浸かってふくらはぎや太ももに触ってみる。足にも膝にも背中にも何の異常も感じられなくて、張っているところはなく柔らかいまま。結局約6時間半、12キロ、二万九千歩余りを歩いてきたことになるのだが、全くその形跡がない。不思議なことがあるものだ。これがマラソンランナーたちが体験するというナチュラル・ハイというものなのかもしれないと思うことにした。

その夜の天気予報では明日も雨らしいのだが、予定を続行するか止めるか意見百出で、まとまりがつかない。皆の話を聞いていて、共に歩くという興味が引き潮のように消えていった。彼女たちは熊野古道の端から端までを隈なくきっちりと歩きとおすことに大きな意味を見出しているようだった。私にはそこまでの執着はなく、ある意味で今日の体験でも十分なように感じ始めていた。満足感に満たされていた。明日雨が降ろうと降るまいと私は一人の行動を取りたくなってきたので、青蓮さんにはその旨を告げておいた。

夜眠ろうとするが、体内が火のように燃えはじめ、朝まで眠れない。肉体的な疲労や異常はないが、12キロ歩いたことは事実だし、そのために筋肉が燃えているのだろうか?!意味は解からないまま朝方うつらうつらしている時、夢を見た。
「思いつきの妙やひらめきなどを、そのまま受け入れて従いなさい。絶妙のバランスで好いことが起きるでしょう。」という内容だった。

我侭を押し通すようで少し気が引けたが、やはり別行動をさせてもらうことにした。紀伊田辺駅に引き返す前に「湯の峰温泉」に立ち寄る計画だったので、そこで合流させてもらうことにする。日本最古の温泉だという「湯の峰温泉」一人静かに浸かってみたかった。

人は私を淋しがりやだという。だから常に多くの人に囲まれて生きていると。我が家は仕事とは無関係に訪ねてくる人が多く、常に宴が開かれているのは事実だが、それゆえであろうか、一人の時間を必要としている。一人でいる時間が心地よい。

皆と一緒では30分くらいしか湯に浸かっている時間はなさそうだった。何故この温泉に魅かれているのかは自分でも解からないが、皆と歩くことより大切な何かを感じていた。

皆さんは発心門王子へ、私は熊野本宮大社へと別行動を取った。7時過ぎに山荘を後にしたので大社ではお掃除の最中であった。参拝者の数も少なく、そこでゆったりとした気侭なときを楽しむ。主祭神は4体。その一つ一つの前に立つ。スサノオ神から強いエネルギーが感じられた。

本宮大社を堪能して、社務所に入る。ここから那智の滝へ行って湯の峰温泉に昼過ぎに到着する方法があるならそうしたかった。残念ながらそれは無理だとの返事。私の旅は大抵車で移動するので、その時その場で感じるままに行動していたのだが、今回はバスを利用するしかなく、時間の調整や経由などのため不可能と解かり、少し早いが気になっている湯の峰温泉に向かうことにする。それでもバスの予定を見ると1時間半の待ち時間となった。

バス停で地元のおばあさんと話をする。かつての本宮大社はとても賑わっていたが、今は寂れてしまったと嘆いていらっしゃった。

湯の峰温泉について散策し、公衆浴場に行く。
一般湯と薬湯が別になっているので内容を聞くと、一般湯は90度以上の源泉に水を加えているので石鹸の使用が出来るが、薬湯は源泉をそのまま冷ましてあり、一切水を加えていないため、石鹸の使用は出来ないという説明を受け、薬湯に入ることにする。
中は狭くて休憩できるような設備はなく、4人も入れば満杯状態であった。次から次に人が入ってくるのでゆっくり出来ませんよと言われたが、私が利用していた時間は貸切状態になる時もあり、楽しむ事ができた。

利用客の中に全身が赤く爛れている2~3歳の童女を連れた祖母らしい人がいた。「病院へ行っても直らないのです。ここのお湯が皮膚病にとっても良い効果があると聞いたので連れて来ました。」とお湯をすくっては童女の顔、胸、背中、腕、足に少しずつかけていく。とても可愛い子なのだが、顔は赤く腫れていて痛々しい。

彼女と何度も目が合ってしまう。彼女は泣きもしないし、愚図りもせず、かといって甘えもなく、祖母に身を任せている。おとなしい。おとなしすぎる。彼女を見ていると、怒りや諦め、悲しみなどどこにも存在していない。
どんな因果で彼女はこの病を引き受けているのだろうとの疑問がわいてきた。私の心が彼女に伝わるのだろうか?まっすぐに私を見つめてくる。彼女を見つめつつ「大丈夫だよ。もうすぐ良くなるよ。」と意識を送ると目を合わせ「わかっていますよ。」という声なき声が伝わってきた。彼女は自分の役割を解かっていて、病を引き寄せているようだ。一言も発しない童女の魂は悟りの境地にいるらしい。我が身を任せ、祖母に親身なケアをさせてあげているようにしか感じられない彼女の波動は神々しく、祖母の魂を救うための奉仕をしているようだ。大きな愛が小さな童女の中で息づいていた。

彼女は無言で現れ、無言で去っていった。
皆と別行動してまで「湯の峰温泉」に一人で来たかった理由は、この霊性高き童女に会うためだったようだ。
人は見えるものや出来事に自分の観念を基に意味をつけ、本質を見ることがなかなか難しい。最初赤く爛れた彼女を見たときの私は、彼女を痛々しいと感じ可哀想と受け止めてしまったが、彼女は痛々しくも可哀想でもなく、自分で選んだ道を誠実に生きている覚者であった。56年間生きてきて初めて出会ったほんものの覚者。彼女はやっと歩けるようになったばかり、これから彼女の人生はどのように彩られるのだろう。

袖触れ合うのも多少の縁という。童女と私の縁・・・・・
ちなみに「湯の峰温泉」とは「小栗判官蘇生の湯」と書かれていた。小栗判官が毒をもられ、100日間この湯に浸かり九死に一生を得たという。彼の妻の献身的な介護なくして蘇生することはなかったらしいことも書かれていた。祖母が小栗判官で童女がその妻だったかもしれない。

童女の皮膚はこの湯で完治していくだろう。彼女の魂にあやかって、湧き出ている温かい温泉水を持っていたペットボトルにいただき、帰りの道中飲み続けていると、それまで何ともなかったのに目やにが出始めた。童女の皮膚から流れる膿のようでもあったが、私の体内に滞っている不純物が排泄されているありがたい浄化作用として感謝をする。

3泊4日の京都と熊野の旅は、こうして終了していった。どの旅も私に多くのことを教えてくれる。自分の魂の成長に合わせた学びや浄化が用意されている。
この旅を用意してくださった青蓮さんを始めとして、触れ合った人々、自然、環境に今、手を合わせ感謝の気持ちを送ります。

ありがとうございました。