広島に大寒波がやってくるという前情報で出かけたにも関わらず、毎日が嘘のような好天に恵まれていた。12月18日頃からいつもと異なる波動を身体が受け止めており、脳がどこかに遊びに行ってしまった感じで、集中して物を考えることが出来ず、何を持って出かければいいのかわからない。ふわふわしながらの旅仕度はちっともはかどらず、19日の朝慌しく家を出ることになった。
起きた時から眠気が強く、長時間の列車内用に本を持参したのだが読むどころの話ではなくて、東京から広島までの新幹線の中ずっと眠り続けてしまった。実家についても意識はどこまで遊びに行ってしまったのか、姉から夕食を皆で外に食べに行こうと誘われたが、「ゴメンネ。お腹すいてないし、とても眠いのよ。留守番をしているから私に構わず行って来て。」とお願いし早々に風呂を使わせてもらい床に入ってしまった。
青蓮さんからのメールによると「アセンションの第一波が始まった」とのことだが、その影響だろうと諦めるしかない。姪の結婚式は晴天の中、終了した。
21日私は心に現れてきた豊玉姫に会う為(勿論私は見えたり聞こえたりするわけではない。ただその場に立つことで、心に湧き出てくる意識を見つめるためです)厳島に向かった。相変わらずの晴天。
前回この地を訪れたのは、ある女性霊能者に乞われて「竜宮の経綸」とやらを実施するためであった。彼女は憑かれた人のように竜宮(豊玉姫)を求めて日本各地の弁財天巡りを始めたのだが、それには私が必要とのことで、牛に引かれて善光寺参りよろしく私は彼女に引きずられるようにこの地へ来たことを思い出していた。海にそびえる大鳥居を船から見ている時も前回のことを思い出していた。
前回やはりデッキに立っていた私は大鳥居を見ている時、意識内に虹が見え、無意識でカメラのシャッターを2度切った。現像したら鳥居と海、山そして画面全体に光の輪が現れているものと、もう一つ山の中腹から光が発進して全体の光の輪と繋がっている写真が現れた。その時のことを思い出しながら、光が現れていた山の中腹を見つめたのだが光るものなど物理的には見つからない。別の霊能者に誘われて白濱神社に行った時、「豊玉姫がママを待っているよ。よく来てくれたと悦んでいるよ。」と伝えられ、「ママに富を与えるってさ。」と言われたことを思い出す。その後再度初詣で白濱神社へ行った時は、極度の眠気に抗しきれず眠り込み、神域に入った自分の意識を夢で見た。
私と豊玉姫の関係など普通人の私に解るはずもないが、12月に入り広島行きが近づいてきた時、豊玉姫の情報が何度も私の意識に入る出来事が続き、今日の訪問となったことを反芻しながら、島全体を見たとき、またしても私の意識は虹を捉える。前回は虹の一部だったが今日は島全体を取り囲む虹、それもたくさんの虹の群れで、どこもがキラキラと七色に輝いている。
島に降り立ち神社への参道を歩く。後ろを歩いている若いカップルの話が聞こえてくる。
「ここが世界遺産だって言うんだよ。住んでいるほうに言わせると何が世界遺産なのか解らない。だから友達がここに越して来ようかと言うから止めたほうがいいと言ったんだ。こんなところ住んだって不便なだけで、つまんないよな。広島市街のほうがよっぽど住みやすいと言ってやったんだ。」どうやらこの島に生まれ、育ち、島から出て行ったらしい男女の会話。
前回は厳島神社に入った途端に神事が始まり壮麗な装束の絵巻物を見せてもらったのだが、なぜか今回は神社に入る気がせず、神社を迂回して人がほとんど歩いていない裏道に入っていった。静かなたたずまいの町並みに私の心は同化していく。神社には足が向かなかったが大願寺には足が進むようなので、参拝する。そこで豊玉姫の娘3人にご挨拶をして、今日の宿、国民宿舎へ向かう。大きなお風呂があるという情報で選んだところ。そこでリュックを整理し折りたたみ杖を取り出し、地図をもらい荷物を預けて弥山を目指す。宿の支配人に聞いたところ、登るのは大聖院コースが良いという。奥の院は頂上とは場所が異なり、頂上へ向かう四叉路で道は分かれるらしい。今まで訪れた他の奥の院は大抵山の頂上にあったのだが・・・?何故奥の院に興味があるのか、変人扱いのような対応を受けてしまい、ともかく大聖院コースをとって登ることにする。
眼下を時折見下ろしながら坂道を登っていく。行ったことはないので違うかもしれないが大聖院はチベットの僧院を偲ばせるたたずまいで山の斜面に大きく拡がっていた。誘われるように中に入る。本堂から般若心経が響いてくる。いつものことで感謝する。どこへ行ってもタイミングが合うらしく、その場からまるで待っていましたよといわんばかりの行事に迎えられ続けている。その響きに感謝して広い敷地に散在しているお堂を目で確認しながら登っていく。
小さな橋を渡ったところに八角形のお堂があり、なぜか足が向くので橋を渡った。お堂の中には私と同じくらいの大きさの木彫りの七福神が台座の上にたっており、円形に並んでいた。お堂の前で瞑目し合掌した途端、雲間から太陽が現れたようで、光が降り注いできた。微かな鳥肌がたち、太陽と七福神に感謝する。体内波動が変化していった。しばし光と七福神のエネルギーの中。ありがとうございます。
人の話し声に目を開ける。地元の人が知り合いを案内してきた様子なので、場を譲り、弥山への道へ戻る方法を尋ねると、このお堂のすぐ上左横に小さな括り戸があるので、そこから出ると、その道が登山道でそのまま登っていけば良いという。なるほど、無駄がない。大聖院の門を潜ってたくさんのお堂があったが、立ち寄ったのはこの七福神のお堂だけなので、一人笑ってしまった。何も余計な知識を持とうとせず、場の流れと身体意識に任せていると、ポイント、ポイントでその場の神事や行事に遭遇するし、瞑目すると神風(?)が吹いてくるし、どんな曇天であっても太陽が必ずといってよいほど顔を出してくれる。感謝。
晴やかな気分で登山道を登る。
気分は晴やかでも、筋肉は徐々に疲労してくる。心臓の鼓動が早くなっては立ち止るという循環でゆっくりと足を前に進めていく。ほとんど人に合わない。たまに家族連れや登山仲間らしき人たちとすれ違ったり、追い越されていく。ハァーハァーと肩を大きく動かし口で息をしている時、気づく。自分の身体で歩こうとしているから無理がくる。私の身体は自然と一体、自然そのものなのだから自然に任せよう。周囲の空気や木々に声をかける。私にエネルギーを送ってくださいねと。登らねばと硬くしていたらしい心を開放して歩き出す。
自然に内側から歌詞を伴ってメロディーが出てくる。誰もいないのを幸いに私は歌い続けながら登っていく。唄う私と聞く私。何を唄っているのか出てくる歌詞に耳をそばだてているとどうやら人類の意識進化を願っている様子。人は自然であり、ワンネスの一細胞のような存在。全てが繋がっていて大いなる一つのいのち。地球もその一つ。自分のいのちの尊さに目覚めて飛翔していきましょう。悦びの次なるステージへ共に昇っていきましょう。
どうやらそんな意味の言葉をメロディーにのせて唄っているようです。身体の辛さが気にならなくなりました。
この唄を聴いていて思い出した夢の内容があります。もう随分前に見た夢でいつだったのかにわかには思い出せませんが、私は海の中を自由に歩いて(?)いて、大きな透明だけど虹色に輝く玉を拾いました。その玉を胸に抱き、持ち帰った夢でした。
あの玉が豊玉姫?宮崎の宇土神宮に奉納されていた豊玉姫の絵を写真に撮るように言われその写真は今私の机の前に飾られています。右手をあげた姫の後ろに赤い目の龍が同じく右手(足?)を姫の右手に重なるようにあげ、中心から黒、赤に色づいた玉を持っており、玉の周囲は黄金に輝いています。私と共にイスラエルに旅した写真です。
あるチャネラーによると豊玉姫の玉は陰陽のエネルギーをあらわしているとか・・・。一極から二極(陰陽)が生まれ、二極から創造が始まり、森羅万象の誕生となる。いわゆる「一二三(ひふみ)」の「ふ」が豊玉姫の意味?陰陽そのどちらに偏ってもいのちはバランスを失います。陰陽のバランスをとることの大切さを多くの人や出来事が教えてくれました。霊能力に偏っている人、お金に囚われている人、物や身体だけに偏っている人、物質性と精神性、愛と情・・・連想ゲームが始まります。連想ゲームからもう一つの夢を思い出しました。
どこかへ友人の霊能者と出かける直前に私はトイレに行きたくなり、履物を探しますが、高下駄と草履が一個ずつしかないのです。彼女の私を急かす声が響いてきますので、仕方なく高下駄と草履を左右に履いてトイレに入りますが、しゃがんだ時私の身体はバランスを失い突っ伏してしまいました。突っ伏して顔を突っ込んでしまった場はゲロの海!
この夢を見た時、この陰陽のバランスがとても大切であるとのメッセージを受け取ったと感じたのです。霊体だけ、或いは肉体だけを重視することの先にあるのはゲロの海、その両方のバランスを図ることこそが本筋であると夢が教えてくれたのでした。その夢をみた当時、私は多くの霊能者の訪問を受けており、霊能力の素晴らしさに感歎しながらも、人間としての資質に欠けている人たちの言動を観察していましたので、私は今の私のままが良いと思ったものです。
ゲロの海から立ち上がり、私は庭に出たのですが、その庭は美しい海になっており、その海で私の身体は洗い清められたのです。
私の連想ゲームはここまでです。
そのまま身体を自然に委ねていると、暫くして唄の内容が変わってきました。唄う私と苦笑する私。「あなたは執着心を手放してきていますと言いながら、まだ抱えているものがありますよ。いつまでその余分な脂肪を抱えているつもりですか?もう余分な脂肪からも自由になってもいい頃ではないですか?身体を楽にしてあげてもいいのではないですか?」そんな唄を唄い出しているのです。最もなご指摘です。そうだよねぇ、そう言われては返す言葉がありません。そうか、私は脂肪に執着しているのか!?
ハハハッ、御免なさいと笑うしかありませんでした。
そうこうしているうちに四叉路に着きました。左に登ると頂上、右は巨石群、直進して下ると奥の院。登り始めたのが午後2時頃です。欲張らないほうが良さそうなので、頂上への道を選びました。長袖のTシャツ一枚にウインドブレーカーだけの服装なのですが、汗が言葉通り滝のように流れています。これほどの汗を体験したことはありません。四叉路までの道とは波動の異なる頂上への道を流れる汗をぬぐいながら、ゆっくりと進んでいきました。途中に水場があり、水掛地蔵がありましたのでそこで一休みしていると、カサカサと音がして鹿が一頭現れました。こんにちは、あなたも仲間に入りたいの?お水をあげましょうか?山中でこんな間近に鹿と接することは初めての体験です。暫く一緒にくつろいで別れました。
更に進んでいくと御山神社の標識が目に入り、行ってみることにしました。下り坂で簡素なお社、誰もいません。祈りをあげて元の道に戻ろうとすると、また一頭の鹿が静かに私を見つめています。ありがとう。守ってくれているのなかぁ・・・
頂上が見えた時、どこからか銅鑼と太鼓の響きが轟いてきました。感謝、感謝。ただ感謝するだけです。
頂上に到着!そこは巨石群の場でした。自分の意思で1人で行動することなどほとんどなかったから(いつも誰かの誘われたり、乞われたりして出かけていた旅でした)、自分を褒めてあげました。瀬戸の海の美しさたるや、死海に劣りません。死海の前であまりの美しさに呆然としたことが重なってきました。死海もここも豊玉姫繋がりだったのですね。巨石に身体を預け、優しすぎる太陽の下、瞑目してワンネスへの祈りを発振させました。
頂上の休憩所でトイレを使わせてもらおうとしたら、「駄目です。下の本堂に行ってください。」とのこと。仕方なく降りていくと不滅の火が燃え続けているという霊火堂や本堂など幾つかのお堂がありました。本堂の前にあったおみくじを引いてみました。八枚の花びらが描かれた正方形のおみくじが珍しかったからです。開けると「ここに願い事をしるし、信心・努力することにより、あなたの願いが叶います。大切にお持ち下さい。」とあり、「願」を書く頁。
そして次の頁を開けると五葉の桜花が中心部に浮き出ており、「桜 古き時代には、桜は神の化身と考えられており、そこに神が宿り、四方八方の田畑に飛び移り、稲を豊かに実らせると思われていました。人々は桜の花びらが散る様を『穀物の神の種まき』と称し、尊んだといわれています。」との説明文があり、「見渡せば春日の野辺に霞立ち 咲きにほへるは桜花かも 万葉集より」と書かれていました。
私が引いたおみくじは第77番の吉で「よそからの援助や協力で望みがかなう運気です。人脈を大切にして、周囲との調和をはかれば、物事は大きく発展していき成功を得ることができます。たえず笑顔を忘れずに、思いやりのある行動をとるように。独断やわがままはせっかく訪れた好運を逃してしまいます。他人への協力を惜しまぬこと。」とのメッセージを受け取りました。
太陽も沈み、あたりが薄暗くなってくると共に、先ほどまで分泌していた大量の汗が冷えてきて、震えが出てきました。もと来た道はところどころ氷結していましたので、暗闇の中下山することはやめて、ロープウェイで降りることにしました。駅に着くと片道1,000円。財布を捜すと無い!!どうしよう、宿に預けたリュックに入れたままのようです。う~~~~ん・・・・・・・
ふと思い出しました。昨夜遅くなって姉から温泉に誘われ、出かける時ジーンズのポケットにたしか温泉の入場料や飲み物代として2,000円入れて出かけたことを!温泉の費用は姉が払ってくれましたので、そのままポケットに入っているかも・・・。
恐る恐る手を入れて紙の感触があった時の喜びと安堵感。昨夜、姉が温泉に誘ってくれなければ、このお金はありません。無駄がないのですね。大感謝でした。
薄靄に包まれていく厳島の海と原生林を見つめながら、宿に帰り、ゆっくりとひとりでお風呂を堪能することが出来ました。すべて良きかな・・・