考えてみたら、職場の150人くらいの名前を
フルネームで覚えている。
その人達の後頭部を見ると、誰だかわかる。
色とか量とか色んな具合で。
割となかなかのもんじゃないかと思えてきた。
そんな愛着ある頭達ともお別れになるけれど。

名前で呼ぶのが異常に苦手だった。
名前という枠に押し込めている気分になって
仕事以外ではあだ名をつけるくらいでしか
呼んだことはない。

名前はその人を識別するものであるのは
わかるのだけれど、その音に縛る行為に
思えて出来得る限りやってこなかった。
呼び捨てにするのは畏敬というか畏怖というか
そんな感じですらあった。

畏怖だと気付いたもう一つは、海。
本当に最近気付いたことなのだけれど。
台風の日、夜に日本海の荒波を見てから
トラウマになったと思っていたが、元々
怖がっていた気もする。

でも地球や宇宙を身近に思った時に、
怖いと言うよりも尊敬の念に近いんだなと。
敵わないが故の思いなんだなと。
そう思った。

同時にそれって怖がることではないなと。
敵わないと思うことは、愛しさに似ているの
ではないかと。

ただ誰かを怖いと思った時に自分はその人の
何を知っているのか、何に対して反応して
いるのか、その人よりも、自分が
引っかかっていることが何なのかに気付けば
命として対等であることを思い出し、
それは愛へと変換されていくのかもしれない。