リッチモンドパークで見つけた循環
青い空に、羽のようにひろがる白い雲。風に舞い上がっては落ちていく枯葉のひとひらひとひらが、自分の心の中にあったものまでも、そっと運んでいくようでした。私はこの公園に通うたびに、「ただ存在する」ということの美しさに立ち返ります。鹿たちは、争いのあとには感情を残さない。距離を尊重し、寄り添いながらも、決して縛り合わない。その姿はまるで、愛が自然にめぐっていく形を見せてくれているようです。この リッチモンドパーク は、約2,500エーカーに広がる古代の森と草原、湿地から成る特別な場所。600頭の赤鹿とダマジカが、柵も境界もなく、自由に生きています。ここは国立自然保護区であり、古樹の保全地であり、「野生と人が静かに同じ地平を歩ける場所」そしてこの公園は、入場料も駐車場も無料。運営を支えるのは、地域の人たちの手と、来訪者の「思い」。店に並ぶマグカップやピンバッジなど、そして鹿の穏やかな表情が写し取られたポストカードそれら一つひとつが、この公園の呼吸を支えています。私は訪れるたびに、そっとお店を覗きます。手に取った鹿のカードを見ていると、「あの日見た光景が確かにここにあった」と胸の奥の静かな場所が、またそっと満たされていきます。それらを家に持ち帰ることは、受け取った恩寵を、また未来に返していくためのひとしずく。そんな感覚に近いのかもしれません。自然は、奪わない。ただめぐり、ただ流れ、ただ還る。風の中で枯葉が舞い上がり、また地面へと戻るように。私たちの心もきっと同じ。握りしめなくていい。手放すことは、失うことではなく、次の循環にゆだねること。そう思えると、呼吸がふっと深くなります。ここは、私が本来の自分に戻る場所。この公園はいつも、静かに教えてくれる。わらのひかり(和楽野 光)