波乱万丈の転職奮闘記
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楽しかったこと(1)

あまりにも悲観的な内容すぎるので、前職での楽しかったことを書き綴っていこうかと思います。


サービスエンジニアへの対応

仕事中にかかってくる電話の中で多いものが各支店のサービスエンジニアからの問い合わせです。製品に故障や不具合が発生した場合、サービスの者がお客様のところへ駆けつけ修理を行います。その時に故障原因がわからず修理ができなかった場合に製造部門へ問い合わせの電話がかかります。


はじめて電話をとったとき(入社後数日)サービスが何言ってるのかわかりませんでした。製品のことを良く知ってる先輩や上司に電話を取り次ぐだけでしたが、それでは私も成長しませんし、実際どんな不具合が製品に起こっているか知りたく勇気を持って、最初は不具合の状況の把握をすることからはじめました。対処方については毎回先輩等に尋ねてました。その度、電話先のサービスマンからは「お前じゃなくて、話がわかるやつに代われよ」オーラが出てました(笑)。一度あった問い合わせ内容に関しては自分でノートに書き込み、工場で製品を見るときには問い合わせ内容のあった部位に関して凝視し、知識を深めてきました。3ヶ月もすればある程度、問い合わせ対応ができるようになったと思います。


この問い合わせが厄介で、難解なものもあれば容易なものもあります。「その位サービスエンジニアなら知ってて当然、メンテマニュアルにも書いてあるのに…」。というのもあります。しかし、実際お客様を前にしてサービスが問い詰められてるかもしれない状況を察すると無視するわけにはいきません。さらに、頻繁にかかってくるので没頭していた業務を一時中断せねばならず、はかどりません。したがって、私のような新入社員にはもってこいの仕事だと進んで電話を取り続けてました。少々面倒でも親身になって対応していくにつれて、なぜか私を指名して問い合わせをしてくれる方もいました。


お互い名前も覚え「この前の不具合、うまくいきましたかね?」から「地震は大丈夫でしたか?」等、世間話もするようになってきました。


そのようなコミュニケーションをとっていけるということに楽しみを覚えただけでなく、製品の不具合が実際使用されている現場ではどのように起きているのか?ここから抽出していくことが可能であり、今後発売する製品にはこのようなことのないようこれらを加味していくことが重要だと感じました。


1年半の就業期間で私の問い合わせ対応ノート、大学ノート3冊になりました。



↑まずはここから、転職サイトの登竜門(私はそう思ってます)↑

登録もすぐにできますしね。

業務にもなれてきたころ…。

なんかおかしいな~。この会社。


ホントまったりした職場、ギスギスした感じがない。これはこれでいいのでは?と思う方もいるかもしれませんが…。私も確かに職場内の人間関係は比較的良い方と感じました。


しかし、自分がいないところで色々といわれていたかもしれません(笑)私も先輩のことを上司が愚痴こぼしてましたから…。だったら何で叱らないの?ってずっと思ってました。そんなマジになるのは私くらいだったかもしれませんね。そして、まったり雰囲気の原因がわかってきました。


この会社、給料が安い!


そうなんです。ホント!だから頑張って働いても給料安いからぼちぼち働こうと思うようになってきます。少なくとも私は…。そしてまた仕事をやりすぎず、マジになりすぎずと自制。会社としてはいい迷惑ですよね。こんな100%の力を発揮せず50%で仕事をする社員なんて。いや、でも普通は常時100%は厳しいですから常時70%くらいかな?


ちなみにどのくらいの給料だったのかというと…


40歳後半 

製造現場でライン長 

21万弱(実際に給料明細を見せてもらった先輩談)


35歳 妻1子1 

設計開発職 

20万到達せず(こちらも給料明細見せてもらった先輩談)


40歳代独身

設計開発職

22万円 (これは先輩がこそっと給料明細を盗み見したらしい)


過去の昇給はどれくらいあったのか?社員の給料に敏感な先輩氏に聞いたところ年1000円弱と…。1万円あがるのに10年かかるのか!役職つけば上がるだろうなと思って再考してみるが、完全な年功序列!周りで最も若い役職は30後半でやっと主任…。


どうしよう。結婚して子供できて生活できるのか?

会社で子持ちの方々は共働きが多いが気のせいと思ったが、共働きじゃないとやっていけないということを聞いた。



そして私の1年目の年収250万円でした。


↑年収に不満のある方、一度年収査定をおすすめしますよ…↑

せっかく…

転職活動記を順につくっていこうと思ってたのですが、私の記事作成が遅くて追いつけません。


明日、1社二次面接です。書類も交通手段も準備完了!私の想いをぶつけてこようと思います。


今回の案件は@TYPEさんで見つけました。こちらの技術系の案件結構ありましたよ。


登録は無料ですし、匿名応募というものがあります。これを実施している案件については自分のことがバレないはずです。ちょっと自分にはハードル高いかな?と思った企業でも、匿名応募ならばと書類選考してもらっています。



入社してから…。

全国の新入社員が集まり東京で研修があった。


まずは事務職、技術職共にビジネスマナーの研修。その後技術職は製品研修などがあった。


そして工場に戻りOJT…。


2ヶ月して仕事には慣れた。が、この会社モラルがなってなかった。言い出したらキリがない。確かに真面目な人もいる。何でだ?役員が滅茶苦茶だ。ほんと…。


不良品を世に出しても対応遅すぎる…。CSに関してまともに取り組んでいない。うちの製品の市場評価をこれ以上下げてどうするのだ…。


と、マジになっても所詮は新入社員、自分の与えられた仕事をこなしていこう…。


でも、この会社こんなことしてて不安だな。誰かしっかり監督してくれる上長はいないのだろうか?と会社全体を見てしまう自分は考えすぎなのか?


毎月決まった額の給料をきっちりもらって、その分自分の仕事をこなすだけのサラリーマンになってしまっていいのだろうか?葛藤しながら、この考えを捨て、また葛藤…。ずっとループしていた。



就職活動(2社目)

しばらくして就職担当教授より2社目を紹介してもらいました。


うちの大学の学部生が毎年1人はいってるようです。

ここでの採用試験は1次が部署長、2次役員(社長も)でした。相変わらず留年のことをつっこまれていましたが、ポジティプにかわしてなんとか内定をいただきました。


この会社は全国(各県)に営業所もあり上場企業です。製品も競合他社と比べて良いものをつくっている雰囲気がしました。大きな工場が3つほどあり、地元の工場の設計、開発エンジニアとして就業しました。


卒業までは通信教育でビジネスマナーを学びました。さすが上場企業だ!と思ってはいましたが、四季報を見ると平均年収400万円位、平均年齢40代です。


まぁ、給料は頑張れば上げてくれるだろう。成果主義も浸透していることだろうし…。


頑張ればいいことあるだろう!

就職活動(1社目)

学生時代の就職活動ですが、ほとんどしませんでした。


国公立大学、特に理系では学校推薦制度があると思います。


毎年、うちの大学の募集枠が各企業より伝えられます(大体1企業数名)。いきたい企業がなければ自由応募で受けなければなりません。大手の企業は毎年この学校推薦制度を利用されてます。


私もこの学校推薦制度で就職をすることにしました。自由応募で受けてもいいのですが、すでに+5のハンデがあります。教授より推薦状をもらって採用試験を受けに行くほうがメリット大です。


各企業の募集枠を超えた場合はどうなるか?大学院生>成績>話し合い で決まっていきます。


私は地元の企業枠が余っていた(事前にここには誰も志望しないということを知っていた)のでそちらを受けることにしました。


1次面接、SPI、基礎能力試験を通過し、2次面接の案内が来ました。どうやら、筆記試験に関しては受験者の中で最高得点だったそうです。そして2次面接、2名の募集枠に10名ほど受けに来ておりました。


2次面接では自分の持ち味の積極性をアピールしましたが、どうやら留年のことがひっかかる模様。。


結果、不合格でした。その後、この企業からは大学院生が欲しかったと…。


過去、うちの大学からこの企業へは大学院生しか採用されていません。私の後に、1社目駄目だった大学院生がこちらの企業を受けましたが、見事受かりました。


今思えば、こちらとは、社風等マッチングがなかったと思います(プラス思考?)


さらに営業所が全国にあるとはいえ、各県ごとではなく、地方ごと…将来の給与も不明(上場企業でないので、四季報等で平均年収を見れない、昇給が500円とかいう噂…)、土曜日は隔週休み。


まだいい企業はあるはずだ!私を受け入れてくれるところがいい企業だ!と自分に言い聞かせ、今回のことを吹っ切りました。


しかし、どうしよう。2社目は…。

学生のときの話

実は私、2浪して大学に入学しました。


これには色々と事情があるのですが…。


入学し、某体育系サークルに入部しました。

そこで青春を謳歌し、3留してしまいました。


当時、私はこの3留した3年間で大変貴重な体験をすることができたと思っていたのですが、いざ就職活動となると、逆に足枷となってしまいました。(就職先でも活かせる部活動です。その他、同じ業界のアルバイトを多数しました)


私の大学では学校推薦がほとんどでした。志望する企業へは成績上位、もしくは大学院生から順に推薦枠が決まっていき、学部生で私のような留年者は残り物といったら失礼ですが、そのような就職口しかありませんでした。


しかも、この企業との橋渡しは就職課の方が行うのではなく、教授が毎年持ち回りで行ってました。この教授に気に入られるかによって紹介される企業も変わってきます。


私はできるだけ努力し、何とか自分がやりたいと思うことができる企業を紹介してもらえました。

はじめに…

どうも、はじめまして。


ブログつくってみました(笑)


現在転職活動中です。まだ一社も内定は頂いてませんが、それまでの経緯をつづっていきたいなと思います。


もし、このブログ見られた方で、何か意見がありましたら気軽にコメント残してみてください。また、質問もいいですよ。私のわかる範囲でお答えします。


浪人時代と似たような雰囲気です。何か不安に押しつぶされそうですが、死ぬわけではありません。仕事さえ選ばなければ、生活はできます。今日のニュースでも有効求人倍率が1に到達したとありましたので…



プラス思考で転職活動乗り切っていきましょう。


宜しくお願いします!