果てなき復讐の連鎖其の2![]()
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千二百十九(建保七)年一月二十七日、実朝は
鎌倉の鶴岡八幡宮で右大臣拝賀の儀式を行った。
事変が起こったのは、その帰路のことであった。
ひそかに忍び寄った頼家の遺児・公暁(くぎょう)が
「親の敵は、かく討つぞ!」と叫んで実朝を
暗殺したのである。
実朝の母にして公暁の祖母である政子にとって、
これは例えようのない悲劇であった。父を失った
公暁を哀れんで鶴岡八幡宮の別当につけたのは、
ほかならぬ政子であった。『承久記』には、政子は
「今度こそすべてが終わりだ」と思ったとあり、
母として、その嘆きはあまりにも深かった。
実朝暗殺の錦絵
月岡芳年画(浅野コレクション蔵)
名将の決断・北条政子(朝日カルチャ―シリーズ)朝日新聞社出版
ビジュアル日本の歴史(貴族の没落DEAGOSTINI/発刊)



