昨日、関西で行われた男子プロゴルフの試合
近畿オープンゴルフ選手権があった。
優勝は、桧垣繁正プロが優勝した。
プロになって2勝目である。
初優勝は、フジサンケイクラシックであった。
この桧垣プロは、僕の大学の同級生である。
なので11年ぶりの優勝なので、ニュースを聞いて心底うれしく、そして興奮した。
スポーツ選手は、いい成績がでると、急に友達ぶったり仲が良いって言ってくる人が増えるというが、今まさに桧垣繁正は、そんな状態だろう。
だからと言って、僕はあまり言いたくないが、僕は昔から桧垣とはウマがあうし、仲がいい(笑)
高校2年ときに、全国大会でいっしょにプレイしたのが初めての出会いだった。
忘れもしない、滋賀県、信楽カントリークラブの杉山コースの1番ティーグランドで初対面だった。
その2年後、同じ大学に進学することになり、学部まで同じだったので時々、授業も同じだった。
初めて、いっしょに遊んだのは、大学1年の19才のときだ。
ひょんな話から、京都に遊びに行こうとなり、そこからすぐに桧垣の車に乗り京都に向かった。
確か男4人くらいで行ったと思うが、僕が後ろの座席に座ると、狭くないかと座席シートを前に寄せてくれたのを覚えている。
そして、京都の祇園にあるディスコ…今で言うとクラブですが、店の名前は「最後の20セント」といい、当時の若者なら誰もが知っている店に行った。
今から20年前なので、バブル全盛期時代である。
人は溢れ、お立ち台にはハイレグレオタードのお姉さま方々がたくさん踊っていた。
なぜか僕は、そのお立ち台に上がろうとした(笑)
一人では嫌だったから桧垣も誘った(笑)
初めていっしょに遊びにいって、お立ち台はないかなとは思うが、なぜか上がりたかった。
結局、お立ち台には僕だけ立ったが、踊るのはさすがに恥ずかしいので、もっていた扇子で踊っている女の子のお尻を、パチーン、パチーンとたたいて降りてきました(笑)
パチーンパチーンと…
下にいた桧垣と他の二人は、僕のバカさかげんに大笑いしていた(笑)
そして、卒業後もいろいろあったが、一番の思い出は、トーナメントのキャディをしたことだ。
その試合は石川遼が優勝して有名になった試合、マンシングKSBという試合だった。
10年くらい前は、その試合を香川県の鮎滝カントリークラブでしていたので、興味本位で桧垣のキャディをさせてもらった。
その時、いっしょにプレイした選手は、深堀圭一郎、手島多一、リックギブソン、ブライアン・ワッツである。
それは今でも、めっちゃ思い出だ。
でも、この時、キャディの仕事を5日間したが5キロ痩せた(笑)
なんせ、びっくりするほどしんどかった(笑)
なので、キャディをしたのが後にも先にもこの試合だけで、これからも絶対にすることはないであろう(笑)
まあ、とにかく今回、優勝してよかった。
11年前の1勝目と違って、今回の優勝は苦労に苦労を重ねた優勝なので、嬉しさもまた格別であろう。
同じペットボトルのミネラルウォーターでも、普段の生活の中で飲むのと、砂漠でノドがカラカラの状態で飲むのとでは、水にたいしてのありがたさが違う。
今回の2勝目も、1勝目とは全く違う価値がある。
そんな苦労を知り、乗り越えてきた桧垣繁正の活躍が楽しみだ。
そして僕はこれからも当然のごとく応援をする。
もちろん、調子のいいときも、悪いときも同じように…
しかも、そっとね、そっと…
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