ウェットティッシュで化粧落としをしていた鏡越しに、同僚であるアリサと目があった。職場ではたわいのないことを話す間柄でも、プライベートについて、あみは何一つ知らなかった。あみとアリサに限った話ではなく、この職場では、支配人以外、全員がそんな関係だった。支配人にしたところで、嘘の交じった履歴書を持っているだけに過ぎない。
あみは、慣れた手つきでラメ入りマニキュアを丹念にはがしていた。虚構という名の美をまとい、欲望の世界に身を委ねるのは、昼間も働くあみにとっては大変だった。借金を返済するまではこの生活を続けなければならないと自らを戒めていたが、知らず知らず、この世界の水に馴染んでしまっていることに、あみは気づいていなかった。
ライターだけは昼間の世界でも共有していたが、その他の持ち物はすべて、その間だけはロッカーに入れておく。家族のことをこの時だけは忘れていたい――。あみは、夜の蝶となって、欲望の渦をひらりひらりと飛んでいたのだった。
あみは、けばけばしいメイクを落としてからようやく、シャツに袖を通し、パンツスーツをきた。これから家族のもとへ、残業したという体で帰るのだ。頭を切り替えるために、いつもやることを始めた。
「あー、あー、変声中変声中。俺はたった今から、ユウジに戻る。足立裕二は二人の子供と妻を養うサラリーマンだ、あーあーあー」
ユウジに戻ったあみは、ウィッグを外した解放感から、無意識に額をつるりと撫でていた。
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