謝らなくちゃ!そう思ったら目の前のサンドイッチは瞬く間に消えてゆく。
「おやおや、切り替えの早い坊ちゃまだこと」
「僕、行ってくる!」
いいながら玄関に駆け出すや否や、いきなり何かに衝突した。たたらを踏みつつも何とかとどまった弟は、目の前にあった壁をみあげた。
「兄ちゃん――」
見間違えようもない、我が兄。自分がこれから向かうべき相手だったのに、突然の出会い頭に弟は言葉を失う。
「兄ちゃん、僕、僕――」
見上げた瞬間、はっと気づいた。兄に口五月蝿く躾られたこと、「兄ちゃん、おはようございます!」
それは挨拶だ。
「おはよう」
兄の声は、太く凜としていて、柔らかな青空によく似合っていた。
兄に見つめられるとすべて見透かされているようでむず痒い。だけど、久し振りのこの痒さは、悪くなかった。
息を吸って吐き出すと、自然と己の過ちを話すことができた。兄は、じっと弟の瞳を見つめ、聞き終えると弟の頭をくしゃくしゃと撫でた。嬉しそうに目線の高さを合わせると、一通の封筒を差し出した。
「おめでとう」
弟は訳が分からない。なぜなら誕生日は半年も先だからだ。兄は弟が目が点になっているのを面白がっていたが、ひとしきり笑ったあと、真顔になった。
「これはな、じいちゃんと俺からの証だ」
「??何のあかし?」
兄は、すっと立ち上がった。
「元気だった時からのじいちゃんの遺言だったんだ。何かあったら、お前が渡せってな。お前が、一人前の男になったら、誕生日記念にパスポートをあげろってな」
「これが、パスポート?」
「覚えてないか?昔のお前がじいちゃんの誕生日にそれをパスポートだってプレゼントしたんだ」
僅かに弟の疑問が氷解した。だが、なんでパスポート?
「『パスポート』って言葉がマセガキだと思ったらしい。いつか相応しい男になったら、渡したかったんだと。本当は、直接にな……」
賢明にも、互いの無念の表情を見ようとはしなかった。涙を見せたくなかったのだ。
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