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大沢は、生まれてからこのかた恐怖を味わったことがなかった。戦後間もないころは活気にあふれ、貧乏を逆境のバネにして這い上がってきた。大沢は裸一貫で今の地位にまで登りつめた政治家には珍しい出目だった。その大沢がはじめて恐怖したのが、目の前にいる蒋永春だった。
あの蒋介石の血をひきながら、ウイルス研究の第一人者でもあるこの男を、知れば知るほど不安に感じていた。掴みどころのない経歴と人間性に怯え、捕捉しようとしたところ、立場逆転となってしまった。今や、一撃必殺の殺人兵器を頭の上に載せて高所を歩いているような状態となり、緊張のあまり逆に意識朦朧とする瞬間がたびたびあった。
奥村は、かつてないほど緊張していた。大沢を恐れているのではない。中国に着くのが怖いのだ。
奥村は、ある疑念を確かめるために中国に向かう決意をした。だが、それは自分が信じてきたものを叩き壊してしまう可能性があった。
疑念を確信に変えてしまうのが怖くてたまらない。ならば、いかなければいいのではないかともう一人の自分が囁く。
だが奥村はこの舞台から降りるわけにはいかなかった。世界を破滅の危機に貶めたのは他ならぬ自分なのだ。国家主席の孫と右腕の梁に、[Megadeath]を突きつけて問いたださなければならなかった。
たとえ、自らの命が潰えようとも。
(つづく)
この小説はフィクションであり、作品に登場する団体や個人は実在しません。《カテゴリー:サスペンス小説、恐怖小説、怖い話、恐い話》