[NEMOTO KIOIZAKA LAW OFFICE]という表札を掲げたドアから、その男は出てきた。
仕立ての良い紺野スーツの襟には、金色のバッジが輝いていた。エレベーターで偶然、彼より年配の中年男性に声をかけられた。
「根本先生、今から法廷ですかな」
「いえ、被疑者の自宅で現調です」
「国選ですか、割に合わんですなぁ」中年男性は腹をさすりながら、言った。大して興味がないのにエレベーター内にいる間だけの会話。根本と呼ばれた男はそれを無視して階表示を凝視していた。
「じゃ、私は法廷なので」
「では」
根本は同業者から解放されるや否やタクシーをつかまえた。タクシー内では、携帯電話から片時も目を離さなかった。
陽気な運転手は根本に話しかけようとバックミラーを覗いたが、異様な胸騒ぎがそれをやめさせた。
根本は携帯電話を弄りながら、ブツブツと呟いていた。
「考えていることや生活なんてな、予想変換機能で分かるんだよ。
…ははは、ボクのことをそんな風に思っていたのかい。
…君はボクの女神様さ。もうすぐ、一緒になれるよ…」
運転手は男を麻布交差点からほど近いマンションに降ろした後、短く叫んだ。胸騒ぎの原因。男は明らかに女性のものと分かる、ストラップがいくつもついた携帯電話をいじっていたのだった。
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